2024.05.15

シリーズ“法学と経営学の交錯”
「両利きのコンプライアンス」の観点から見る顧客本位の業務運営の実効的取組み
~金融業界の事例を参考に~
(その2)

のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉 田 桂 公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)

 

4 「両利きのコンプライアンス」を踏まえた顧客本位の取組み事例

(1)はじめに

 本稿「その1」では、社会規範を意識した取組みや顧客本位の業務運営を継続的に高めていくことで、企業価値の向上につなげることができる旨を述べました。
 企業価値について、企業が重視する経営指標にはさまざまなものがありますが[1]、売上高の向上は、多くの企業における課題であると思われますので、以下では売上高について取り上げます。
 売上は以下の数式で表すことができます。

売上=①顧客数×②単価×③購入頻度

 このうち、「②単価」を上げる方策としては、高付加価値の商品・サービスを生み出すことが考えられますが、他方で、「②単価」を向上させることを目標とすると、必要以上に高額な商品・サービスを顧客に提案・販売するインセンティブになりかねず、不適切販売を誘引するおそれがあります。そのため、本稿では、「①顧客数」と「③購入頻度」を向上させるコンプライアンスの取組み(顧客本位の取組み)について検討します。
 「①顧客数」を向上させる取組み(新規顧客開拓の取組み)としては、「顧客本位営業」、「③購入頻度」を向上させる取組みとしては、「アフターフォローによる深掘り」、両者を向上させる取組みとしては、「能動的顧客サポート」、「顧客本位マーケティング」、「記録の戦略的活用」が考えられます(図5参照)。

<図5>「顧客数」と「購入頻度」を向上させるコンプライアンスの取組み

 

(2)「能動的顧客サポート」

ア 「能動的顧客サポート」とは

 金融検査マニュアル(2019年12月18日に廃止)[2]では、「顧客からの問合せ、相談、要望、苦情及び紛争への対処」を「顧客サポート等」と呼称していました。しかし、これは、顧客から声が届いた場合にそれに対処する「受動的」な対応という面があります。私はそうした「受動的」な対応を超えて、企業自らが顧客の声を積極的に取りに行ったり、また、顧客の行動を「観察」したりするという「能動的」な対応を取ること(私はこれを「能動的顧客サポート」と呼んでいます。)が重要であると考えます。
 「能動的顧客サポート」の方法としては、以下の顧客等に対するインタビューやアンケート[3]の実施、また、SNS等を活用した一般消費者向けアンケート等が考えられます。

・ 取引を開始して間もない顧客
・ 取引を開始してから長期間経過した顧客
・ 取引を断られた顧客
・ 取引の継続に至らなかった顧客

 上記のインタビューやアンケート結果等を踏まえた「能動的顧客サポート」は、当該企業の業務品質・サービス品質の改善・向上につなげることができるほか、顧客の顕在ニーズ・潜在ニーズを捉えることができる点でも有益です。

イ 顧客の「潜在ニーズ」へのアプローチ

 一般に、「顕在ニーズ」とは、顧客自身が欲しいモノやサービスを自覚している状態をいい、「潜在ニーズ」とは、何かしら欲求があるが、顧客自身がそれを明確には自覚していない状態のことをいいます(氷山でいえば、「顕在ニーズ」は水面より上に出ている部分、「潜在ニーズ」は水面下にある部分といえます。図6参照)。

<図6>「顕在ニーズ」と「潜在ニーズ」

 「4分の1インチのドリルを購入した人々が必要としているのは、直径4分の1インチの穴である」との言葉がありますが[4]、顧客が求めているのは製品(「4分の1インチのドリル」)ではなく、抱えている問題(「直径4分の1インチの穴」をあけること)の解決策です[5]。顧客の表層的な購買行動(ドリルを買いに来る)や顕在ニーズだけに注意を向けるのではなく、その行動に潜む顧客の困りごとや潜在ニーズにまで目を向けることが必要です。

ウ 「顧客数」と「購入頻度」への貢献

「能動的顧客サポート」に取り組むことは、顧客の潜在ニーズを捉え、また、顧客が抱える問題の解決策となるような商品・サービスの開発・提供につながり、顧客満足度の向上に寄与するものといえます(これはまさに「顧客本位」を体現するものといえます。)。このような取組みは、新規顧客の開拓(顧客の潜在ニーズを捉えた商品・サービスの提供による「顧客数」の増加)においても、既顧客マーケットの深掘り(顧客ロイヤルティの向上による「購入頻度」の増加)においても有用であると考えます。

(「その3」に続く)


[1] 売上高、営業利益、営業利益率、ROE(自己資本利益率)、ROIC(投下資本利益率)、PBR(株価純資産倍率)など。

[2] https://www.fsa.go.jp/common/law/kensamanual.html

[3] 顧客に、「この商品・サービスを友人や同僚に薦める可能性はどのくらいありますか?」といった質問に0~10点で回答してもらい、顧客ロイヤルティ(忠誠度)の度合いを測るNPS®(Net Promoter Score)も有用です。

[4] セオドア・レビット著『T.レビット マーケティング論』277頁(ダイヤモンド社)。

[5] クレイトン・M・クリステンセン他著 『ジョブ理論-イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』 270頁(ハーパーコリンズ・ジャパン)は、「顧客がほしいのはプロダクトではなく、彼らの抱える問題の解決策」であると述べています。

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