2024.06.21
M&Aの法務とは? その意義やデューデリジェンス(DD)のチェックポイントなど全体像を解説(2024年6月21日「M&A Online」掲載)
のぞみ総合法律事務所
弁護士 川西 風人
弁護士 劉セビョク
弁護士 吉田 元樹
1.M&A法務とは
M&Aに関連する実務は様々であり、そのうち、法律や契約に関連するものをM&A法務と呼ぶことがあります。
近年、日本のM&A市場は活況を呈しています。
シナジーを見込んだ企業間の合併、後継者問題に悩む中小企業のオーナーによる相続外事業承継、スタートアップにおける出口戦略(EXIT)としてのM&A、オープンイノベーションを目的としたスタートアップ買収、大企業の不採算部門の売却等、人々がM&Aに至る理由はケースによって様々です。
しかし、その中には、専門家による適切なサポートを受けていないがために、あとでトラブルに発展するケースや、そもそもどのようにM&Aを進めればよいかわからず取引を適切に進められないというケースも少なくありません。
成功的なM&Aの実現のためには、多くの場合、法務(弁護士)、財務・会計(公認会計士)、税務(税理士)等の各専門家による関与を要します。
法務についていえば、まず、買い手側は、買収監査となるデューデリジェンス(DD)を通じてM&A取引の対象となる会社や事業に関する法的リスクや売り手に関する法的リスク等を洗い出し、契約上の取決めにより当該リスクへの対処を講じたり、リスクの内容によっては取引自体の中止を判断したりしなくてはなりません。
売り手側も、買い手が実施するデューデリジェンスに適切に対応しなくてはなりませんし、契約で過大な法的責任を負わされることのないよう、専門的見地から契約交渉に臨む必要があります。
また、M&A契約の締結後も、買い手・売り手の双方において、各種議事録類の整備、社内規程類の改定、当局への届出等、契約履行(クロージング)に向けて専門的な視点からの検討が必要な局面が続きます。
ここでは、M&A法務に関心がある方々、1からM&A法務を広く学びたいと考えている方々向けに、M&A法務の全体像とそのポイントを解説します。
なお、本稿および関連記事においては、「M&A」という語を、株式譲渡や合併による企業買収の場合に限らず、第三者割当増資や事業譲渡、会社分割による場合も含めて用いている点につき、予めご了承ください。
2.M&Aの全体的な流れ
個別のM&A取引によって異なる場合もありますが、M&Aは、大まかには以下のような流れで進められます。
売り手・買い手がM&A取引の相手となる候補を探し、どの候補と契約交渉を進めるべきか見極めるプロセス。仲介事業者やFA(ファイナンシャルアドバイザー)を通じて候補先探しや候補先へのコンタクトが行われる場合も多い
②基本合意書の締結
契約交渉を進めるべき相手が固まった時点で、売り手・買い手候補間で、契約締結に向けたスケジュールや法務デューデリジェンスの実施、独占交渉権の有無等について定める基本合意書を締結する。基本合意書の締結は行わずにデューデリジェンス等の手続に進む場合も多い
③法務デューデリジェンス(買収監査)
買い手が売り手に対し、必要な資料の開示を求めたり、質問に対する回答を受けたりして、M&Aの対象となる会社や事業に関する法的リスクを発見するプロセス。財務デューデリジェンスや税務デューデリジェンス等と同時並行で行われる場合や、そもそもデューデリジェンスが省略される場合もある
④契約交渉・締結
各種デューデリジェンスや価格算定の結果を踏まえ、M&A取引を実行する旨を決定した場合に、M&A取引を実行に向けた契約の交渉・締結を行うプロセス
⑤クロージング
代金決済や必要書類の引渡し等を行い、M&Aの取引実行を行うプロセス。契約締結日からクロージング日までの間に一定日数を挟み、その間に必要な諸手続を行う場合もあれば、契約締結と同日にクロージングが行われる場合もある
⑥PMI
Post Merger Integrationの略であり、クロージング後の統合プロセスを指す
上記①~⑥のプロセスのうち、弁護士等の専門家は「③法務デューデリジェンス(買収監査)」から「⑤クロージング」までのプロセスにおいて関与することが多いと思われます。
もっとも、近年は、M&Aのスキーム多様化に伴いデューデリジェンス開始前の段階から弁護士等がスキーム検討に加わることや、PMIの過程においても弁護士等の適切な助言・指導を受けることの重要性が注目されています。
3.法務デューデリジェンス
3-1.法務デューデリジェンスの意義
買い手においては、M&Aの対象会社や対象事業の特徴や、実行しようとしているM&A取引におけるリスクの有無・大小について把握しないまま当該M&A取引を実行してしまうと、あとになってそのリスクが顕在化して思わぬ損失を被ったり、買収後の事業運営が思うように進まなかったりすることがあります(※)。
※ここにいう「買い手」は厳密にはまだ買収前の時点なので「買い手候補」にあたりますが、以下では、わかりやすさを重視して、成約前の「買い手候補」も含めて「買い手」と呼び、成約前の「売り手候補」も含めて「売り手」とします。また、M&Aの対象となる会社を「対象会社」、事業を「対象事業」と表記します。
例えば、
・ 対象会社の事業運営や企業価値に重大な影響を及ぼす可能性のある訴訟が提起されていないか
・ M&A取引を実行すること自体が対象会社の事業運営の障害となる可能性はないか
といった点は、通常、法務デューデリジェンスを実施しなければ把握することができません。そのため、M&A取引を成功させるためには、こうした多くのチェックポイントを、対象会社からの開示資料や回答内容を踏まえて検討し、その検討結果に応じた契約交渉等を行っていくことが重要です。
また、法務デューデリジェンスは、買い手側の意向や時間的制約といった様々な要因から、デューデリジェンスの対象(「スコープ」と呼ぶこともあります)を特定の分野に絞ったり、いわゆるレッド・フラッグ・イシュー(取引のブレイクに直結する重大なリスク事由)の発見に限定してデューデリジェンスを実施したりする場合もあります。
なお、法務デューデリジェンスの中には、売り手自身が自社や自社事業に対して行う場合(「セラーズ・デューデリジェンス」と呼ばれることもあります。)や、クロージング後に行われる場合(「ポスト・クロージング・デューデリジェンス」や「セカンド・デューデリジェンス」と呼ばれることもあります。)もありますが、この連載では、特段のことわりのない限り、基本的に、M&A契約の締結前に買い手によって行われる法務デューデリジェンスのことを指して「法務デューデリジェンス」と呼ぶものとします。
3-2.法務デューデリジェンスの進め方
個別のM&A取引によって順序が異なる場合もありますが、一般的に、法務デューデリジェンスは、以下のような流れで実施されます。
②売り手または対象会社はリストの内容に応じて、開示が可能な資料を開示するとともに、質問への回答を記載したリストを買い手に送付する
③買い手は、開示された資料の内容や回答内容を確認して、追加の資料開示の要請や追加の質問を記載したリストを売り手または対象会社に送付する。売り手または対象会社は、当該リストの内容に応じて開示・回答対応を行い、以後、一定回数このやりとりを繰り返す
④リストのやりとりによって確認された資料や回答の内容を踏まえ、対象会社の代表者や担当役職員らに対するインタビュー(代表者へのインタビューは「マネジメント・インタビュー」と呼ばれる場合が多い)を実施する
⑤インタビューを踏まえ、必要な場合には、買い手や追加の資料開示の要請や追加の質問を記載したリストを売り手または対象会社に送付し、売り手または対象会社はこれに対応する
開示資料の閲覧や授受は、紙媒体やメール添付の方式にて行われることもありますが、近年は、オンライン上のバーチャル・データルーム(Googleドライブやマイクロソフト社のTeams等を用いることもあります。)を通じて行う方式が主流です。
3-3.法務デューデリジェンスにおけるチェックポイント
法務デューデリジェンスにおいて留意すべき事項は、対象会社・事業の業種や規模、M&A取引の目的によって様々です。
以下では、法務デューデリジェンスにおける分野ごとの一般的なチェックポイントをご紹介しますが、実際の法務デューデリジェンスにおいては、個々のM&A取引の特性に応じた柔軟な対応が求められます。
① 組織
対象会社の組織を把握することは、法務デューデリジェンスにおいて最も基本的な項目の一つです。具体的には、例えば、
・ 対象会社の株主総会や取締役会といった重要な会議体の議事録類の存否・内容を確認し、それまで対象会社においてどのようなことが話し合われてきたかや、法定の決議事項についてきちんと決議が経られているかを把握する
・ それまで対象会社において組織再編が行われたことはないか、実施された組織再編について適切な手続がとられているか確認する
等のプロセスを経る必要があります。対象会社によっては、開示される定款が最新のものでなかったり(それまでの定款変更の内容が適切に反映されていなかったり)、開示される登記簿謄本にも登記事項が適切に反映されていなかったりすることもあるので、注意が必要です。
また、設立間もない会社であれば、設立手続に問題がないかを検討する必要があります。
②株式
対象会社が株式会社である場合、対象会社の株式についても色々と調べなくてはなりません。代表的なチェック項目でいうと、例えば、
・ 種類株式や潜在株式(新株予約権)は発行されていないか。発行されている場合、どのような内容か
・株券発行会社かどうか。株券発行会社である場合、実際に株券は発行されているか
・ 対象会社と特定の株主との間での特別な合意をしていないか、また、株主間契約は存在しないか
といった点が挙げられます。とりわけ、株式譲渡によるM&Aの場合、売り手が株式を適法・有効に保有しているかは当該M&A取引の有効性をダイレクトに左右する要素であることから、慎重な確認が必要です。
③事業・契約
対象会社がどのような事業を行っているかを把握し、その事業の特徴やリスクを検討することも必須です。
例えば、主な売上先・仕入先との取引に関する契約書を確認したり、対象会社の事業において通常想定されるリスク等をチェックしたりします。
対象会社が締結している契約の検討においても、様々な角度からの検討が必要です。そもそも契約書が存在しない場合もありますし、いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項(支配権の移転が生じる場合に、そのことについて契約の相手方に対する事前通知や契約の相手方からの承認を要する旨を定めた条項)の有無を確認したり、対象会社にとって不当に不利な条項や対象会社の事業を制約するような条項が含まれていないか等のチェックも欠かせません。
④資産・負債
対象会社の資産や負債についても把握しなくてはなりません。
貸借対照表や税務申告書等を参照しながら、対象会社にとって重要な資産としてどのようなものがあるか、その資産について対象会社はどのような権利を有しているか、第三者の担保が付されている資産はないか等を確認する必要があります。
負債については、例えば、簿外債務(帳簿に記載されていない債務)が存在しないか、役員個人やグループ会社からの借入れはないか等をチェックします。
⑤知的財産
対象会社の事業にとって重要な知的財産がある場合、その知的財産について対象会社はどのような権利を有しているか、その知的財産の利用が第三者の権利を侵害していないか等は大事なチェックポイントです。
他方、知的財産に関するデューデリジェンスにおいては、対象会社が守秘義務等を理由にライセンス契約書等の資料開示を拒み、当該知的財産やライセンス契約の内容等を把握することができない場合がある、という特徴もあります。
⑥労務
労務も確認すべき項目の多い分野の一つです。
対象会社が従業員との間で締結している雇用契約や就業規則に違法な点はないか、従業員らに対する未払賃金はないか、必要な規程・届出類は具備されているか、従業員らとの間に紛争はないか等、検討すべき項目は多岐にわたります。
⑦許認可
ある事業を行うにあたり、特定の許認可が必須である場合があります。M&Aにおいて、特定の許認可の取得や引継ぎができないのであればそのM&Aをやる意味がない、というケースも少なくありません。
対象会社の事業においてどのような許認可が必要か、すでに許認可を取得している場合には当該許認可を取り消されるリスクや更新できないリスクはないか等は重要な検討項目ですし、その検討結果によっては、スキームや買収対象を見直すこともあります。
⑧コンプライアンス
対象会社の個人情報管理に問題がないか、各種業法を遵守しているか、過去に当局から摘発された事例やリコール事案は生じていないか等、コンプライアンス関連の検討事項も多岐にわたります。
近年は、SDGsやESGへの意識の高まりから、「人権」や「環境」分野に関する取り組みについて検討の対象とされることもあります。
⑨紛争・訴訟
対象会社と第三者との間で紛争、訴訟が発生していないか、発生している場合やそのおそれがある場合は、当該紛争、訴訟の内容や予想される結果について検討する必要があります。
4.M&A契約
M&Aに関する契約は、類型的に、通常の商取引に関する契約に比べ、大部にわたる場合が多く、内容も複雑です。
デューデリジェンスや価格算定の結果を踏まえて表明保証事項、前提条件事項、誓約事項、補償条項、価格調整条項等を作り込んでいく必要があり、法務デューデリジェンスと同様、専門性が問われる作業といえます。また、売り手にとっても、どのような義務や責任を負うかに直結するものであるため、専門家のサポートを得ながら交渉に臨むことが重要です。
5.クロージング
契約締結が完了すると、買い手・売り手双方においてクロージングに向けたプロセスに入ります。取引の実行に必要な書類をそろえたり、契約でクロージング前に行うべきとされている事項を遂行したりします。
個々のM&A取引によっては、デューデリジェンスで発見された事項への対応に加え、公告を行ったり、法定の備置書類を作成したり、独占禁止法や外為法に関連する届出を行う必要がある場合もあり、クロージング前に必要な作業は様々です。つつがなくクロージングが迎えられるよう、入念な準備が必要となります。
6.PMI
せっかくM&Aを完了したのに、買収後の統合がうまくいかず事業運営がうまくいかない、シナジーが生まれない、というケースは少なくありません。
M&Aはクロージングで終わりではなく、そこからが始まりです。M&Aを成功といえるものにするためには、適切なPMIの実施は不可欠であり、この局面においても専門的ノウハウが必要となります。
7.各種M&A
7-1.カーブアウトM&A
事業譲渡や会社分割といった、会社の特定事業のみを切り出して譲渡する形態のM&Aを、「カーブアウトM&A」といいます。
カーブアウトM&Aを進めるにあたっては、まず事業譲渡と会社分割の相違点を理解し、どちらのスキームで進めればメリットがより大きいか検討したり、対象会社に関するいわゆる「スタンドアローン・イシュー」(それまで対象事業が売り手またはそのグループ会社から受けていた有形無形のメリットが受けられなくなる事象や、売り手から切り離された事業がM&Aの実行後に買い手の下では単独の事業体として運営を継続できなくなる事象のこと)の有無について検討する必要があります。
また、カーブアウトM&Aにおいては、対象事業の運営に必要な許認可類が取引実行後も買い手側に引き継がれるか(買い手において当該許認可類をとり直す必要がないか)を検討したり、会社分割の場合には従業員の引継ぎのために労働契約承継法上の手続の履践を要したりといった、カーブアウトM&A特有の要対応事項があります。
7-2.スタートアップが当事者または対象会社となるM&A
スタートアップが当事者または対象会社となるM&A(以下「スタートアップM&A」といいます。)においては、当該スタートアップにおいて種類株式や潜在株式が発行されていたり、株主間契約が締結されていたりと、標準的なM&Aと比べて、株式関連で留意・検討すべき点が多く存在します。社内リソースの不足等に起因して労務、コンプライアンス面に課題を抱えていたりする点も、スタートアップM&Aにおいて発見されることの多い問題といえます。
また、スタートアップM&Aにおいては、譲渡対価を交渉するにあたって、売り手と買い手の目線に乖離がある場合が少なくありません。そのため、株式対価M&Aや事前の合意条件を達成した場合に対価が発生するアーンアウト方式といった法律・契約上の技術を用いて、この目線の乖離を解消することも有用です。
8.その他の留意点
8-1.企業結合規制
ある市場において一定シェアを有する企業同士がM&Aを行う際、あまりに大きなシェアを有することになる等して当該市場における競争を実質的に制限することとなるような場合には、独占禁止法上、当該M&Aの実施が規制されることがあり、この規制のことを「企業結合規制」といいます。企業結合規制の対象となるM&Aであるかを判断するために、買い手において届出(「企業結合届出」)を行ったうえ、や審査(「企業結合審査」)を受ける必要がある場合があります。
企業結合審査を要するとなった場合、審査期間中はM&Aの実行が禁止され、場合によっては当該M&Aを実行できないこともあります。そのため、弁護士等を交えて事前に企業結合届出の要否や内容を検討し、審査期間を考慮したクロージングまでのスケジュールを組んでおく必要があります。
8-2.外為関連手続
外国会社や外国に居住する個人、またはそれらの者が支配権を有する日本の子会社等がM&Aにおける買い手となる場合、対象会社の業種や取得する持分の比率によっては、外為法に基づく届出または報告といった手続が必要になる場合があります。
いわゆる海外企業が売り手もしくは買い手となるクロスボーダーM&Aにおいて必ず留意すべき点であり、事前届出を要するとなった場合、事前届出後の一定期間はM&Aの実行が禁止されることから、企業結合規制と同様、クロージングまでのスケジュールにも影響が生じます。そのため、届出や報告の要否については、買い手だけでなく売り手側も留意・検討しておくことが必要になります。