2024.08.30
M&Aの法務とは? 「組織」に関する法務デューデリジェンス(DD)での確認事項を解説(2024年8月30日「M&A Online」掲載)
のぞみ総合法律事務所
弁護士 川西 風人
弁護士 劉セビョク
弁護士 吉田 元樹
1.「組織」に関する法務デューデリジェンス(DD)とは
法務デューデリジェンスにおける各分野(パート)の確認事項については 「M&Aの法務とは? その意義やデューデリジェンス(DD)のチェックポイントなど全体像を解説 」でも簡単に触れましたが、ここでは、主に中・小規模の非上場会社に対するデューデリジェンスを念頭に、もう少し説明します。
法務デューデリジェンスでは、一般的に、複数の担当者で報告書の形式にてデューデリジェンスの結果をまとめるため、対象会社や対象事業について「組織」、「知的財産」、「労務」等の項目(分野)ごとに分類・分担して検討することが多いですが、各分野が具体的にどのような事項を検討対象として含むのか、その範囲について厳密に決まっているわけではありません。
例えば、組織と株式、事業・契約と知的財産など、複数の分野にまたがっており厳密にはどちらか一方に区分できない事象も多くありますので、これらの分野の区分は、あくまでも便宜上のものといえます。
組織パートでは、会社組織に関連する個別の事象(例:過去の組織再編等において法的に必要な意思決定が行われているか)に関する確認も重要ですが、まずは、「対象会社における重要な情報の所在を把握する」という役割を忘れてはいけません。
2.組織パートの開示依頼資料
対象会社に対して初期的に開示を依頼する資料としては、例えば、以下のものが考えられます。
①履歴事項全部証明書
②会社案内、パンフレットその他事業の概要が分かる資料
③過去3年間の事業報告書及び計算書類等
④定款、取締役会規程、社内規程一覧
⑤過去3年間の株主総会議事録、取締役会議事録その他重要な会議体の議事録
⑥子会社その他の関係会社がある場合は、その概要と登記簿謄本
⑦過去の合併、事業譲渡・譲受、株式交換、株式移転、会社分割、増資・減資、株式売買、合弁会社設立、業務提携またはこれらに類似する契約に関する説明資料及び関連する契約書
⑧株主、役員及びその関係者との間の契約
上記は、あくまでも初期的に開示を依頼する資料の一例です。公開されている登記情報、会社ウェブサイト、仲介会社等が作成する企業概要書(Information Memorandum)等から、すでに把握できている対象会社の情報がある場合には、当該情報を踏まえて初期的資料依頼リストをアレンジすることにより効率的に資料開示を進められる場合もあります。
例えば、対象会社の機関設計や各役員の関係性について、当初から具体的な質問・資料開示を行うことなどが考えられます。
3.組織パートのチェックポイント
3-1.対象会社における様々な情報を読み取る
①履歴事項全部証明書(これ自体は対象会社からの開示を待たなくとも公開情報として入手可能です)からは、色々な情報を読み取ることができます。
役員が不自然な時期に辞任している場合は役員同士の内紛等が生じていないか確認することも考えられますし、現在の担当者が過去のコーポレートアクションについてあまり把握していない場合でも、発行済株式総数の変更時期から過去の新株発行の時期等を特定できたり、過去に実施された組織再編の存在が明らかになったりする場合もあります。
また、対象会社の履歴事項全部証明書を見てみると、変更登記が2週間の法定期限を超えてなされている場合や、役員の任期が終了しているにもかかわらず重任登記がなされていない場合が少なくありません。登記懈怠が過料の対象となることも法的には重要ではありますが、このような会社は、法務機能が弱く他にも法的な不備が発見される可能性が高いといえますので、より注意が必要です。
②会社案内や③事業報告書等自体に法的に重要な情報が記載されていることもありますが、これらの資料により、対象会社がどのような会社であるのか理解を深めることが重要です。外部との取引としてどのようなものがあるのかなど、契約の類型・所在の把握に繋がることもあります。
その他、対象会社のウェブサイトを確認することも重要です。開示資料や対象会社の回答が不十分という場合でも、意外に、会社のウェブサイトに重要な情報が記載されているということもります。
情報の信用性の吟味は必要ですが、SNSで対象会社の情報を検索することにより消費者契約法上問題となり得るような営業活動の存在や未払残業代等に関する従業員と思われる者の匿名によるクレームが見つかり、それらの情報を契機とした確認を行うケースもあります。
④社内規程や⑤会議体の議事録からは、対象会社がどのように事業上の意思決定を行っているか、どのようなレポーティングラインとなっているか、といった点を確認することが重要です。
会社によっては、取締役会は形式的なもので実質的な議論は経営会議で行っているというケースもあります。このような意思決定の実態については、対象会社に質問して確認するのが早いですが、その前提として、対象会社にはどのような会議体があるのか、会議体への付議基準はどうなっているのかといった点について、社内規程等の客観的な資料から確認することが考えられます。
また、取締役会等の議事録では、対象会社における重要な意思決定事項についての記載がなされているほか、紛争や労務上の問題など様々な事象が報告されている場合があります。
これらの事象については、関連するパート(紛争パートや労務パートなど)で個別に質問等をすることにより確認することにはなりますが、対象会社の担当者において重要性がないと判断して回答に含めてこなかったり、そもそも担当者が十分に把握していなかったりすることもあります。
そのため、複数名でデューデリジェンスを進める場合は、各種会議体の議事録への記載が確認された法的な問題については、関連するパートの担当者との間ですぐに共有することが望まれます。
議事録類については、登記等のために形式的に作成されているだけのケースもありますので、実際に各会議が開催されていることをインタビュー等で確認することも重要です。
このように、組織パートの法務デューデリジェンスは、対象会社における様々な情報を読み取り、法的な問題を探しやすくする(対象会社における重要な情報の所在を把握する)という役割もあるといえます。
なお、メインの対象会社以外に⑥子会社や関係会社がある場合には、対象会社と同じようにデューデリジェンスの対象とするか、対象とする場合はどのような範囲で確認を行うかといったことを、各社の事業上の重要性等に応じて検討することになります。
3-2.過去の手続の適法性を確認する
⑦対象会社における過去の組織再編については、その適法性・有効性(法的に必要な手続がとられているか、現に第三者から有効性等を争われていないかなど)や、組織再編の相手方との契約において対象会社が負っている義務の内容等を主に確認します。
前者は、必要な株主総会決議や取締役会決議が行われているか、第三者から有効性等を争う旨の主張を受けていないかといった点を確認します。
後者は、例えば、事業譲渡契約等により対象会社が競業避止義務を負っているケースにおいて、M&Aの実行に伴い買主またはそのグループ会社が営んでいる事業が当該義務の違反を構成してしまうことがないかといったポイントが、確認を要する典型例です。
3-3.クロージング後の事業に支障がないか
⑧株主や役員、またその関係者との間で対象会社が契約を締結している場合は、注意が必要です。
その契約が対象会社の事業にとって必要不可欠な場合(例えば、当該役員の関係会社が対象会社の製品に不可欠な材料を提供しており、他の会社からは当該材料を調達することが困難な場合等)は、クロージング後も当該契約の継続が担保されているか、当該役員の地位がクロージング後にどうなるかという点を踏まえて検討・確認が必要です。
逆に、その契約が対象会社にとって必要不可欠ではない場合(代替性がある場合)は、適正な取引条件となっているか、対象会社にとって過度の負担を課す内容になっていないかといった点を確認します。
役員が代表を務める会社との取引については、利益相反取引(会社法356条1項2号・3号)として取締役会議事録からその存在を確認できる場合もあります。
特に、ファミリービジネスとして営まれているような会社の場合、創業者の保有する会社などに有利な条件での取引がなされていることも多く、M&Aの実施に際してはその整理が重要となります。
このように、M&Aのクロージング後に対象会社と各役員との関係性がどのように変化するかという視点を踏まえた検討を行うことになります。