2024.10.29
【公益通報者保護法改正の論点~消費者庁検討会中間論点整理を踏まえて~ 第3回 公益通報を理由とする不利益取扱い(報復)の抑止・救済】
のぞみ総合法律事務所
弁護士 川西 拓人
現在、消費者庁で、公益通報者保護法改正を見据えた「公益通報者保護制度検討会」が開催されています。
本検討会は、令和6年5月から本原稿執筆時(2024年10月27日)までに5回開催され、多岐にわたる論点が議論されていますが、令和6年9月2日には中間論点整理(「公益通報者保護制度検討会 中間論点整理」、以下「本中間論点整理」といいます。)が示されています。
本中間論点整理において、公益通報者保護法改正の個別論点や検討の方向性が一定明らかとなりましたので、本稿では第3回として「公益通報を理由とする不利益取扱い(報復)の抑止・救済」につき、論点の概要とポイントを解説します。
1 公益通報を理由とする不利益取扱い(報復)の抑止・救済
論点大項目の3つ目として「公益通報を理由とする不利益取扱い(報復)の抑止・救済」があります。当該論点の小項目としては「(1)不利益取扱いの抑止」「(2)不利益取扱いからの救済」「(3)不利益取扱いの範囲の明確化」の3つが挙げられます。
(1)不利益取扱いの抑止
平成18年の公益通報者保護法施行後、通報者が公益通報を理由に不利益取扱いを受けた事案が多数生じており、現行の民事ルールだけでは、不利益取扱いに対する抑止の効果が不十分であるとの指摘がなされてきました。
近時においても、地方公共団体における知事の不適切行為やパワハラ等を告発した職員に対し懲戒処分がなされた事例が生じており、本論点に関する問題意識は高まっています。
(2)不利益取扱いに対する罰則と対象となる不利益取扱いの範囲
本中間論点整理では、以下の理由を挙げて、「公益通報を理由とする不利益取扱いに対する刑事罰が必要との意見が多かった」とされています。
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- 従事者の守秘義務違反に対して刑事罰がある一方、公益通報を理由とする不利益取扱いを行った事業者及び個人には罰則がないことは不均衡であり、法益侵害の視点からの整合性がとれない。
- 事業者内に内部通報制度が存在していても、通報後の不利益取扱いのおそれが十分に払拭されていないため、不正を発見しても内部通報に踏み切れない状況がある。
- EU 指令を含め、諸外国においては法で保護される通報を理由とする不利益取扱いに罰則を設けている国が多い。
- 日本議長国下のサミットで承認されたG20 ハイレベル原則の原則8で、「報復行為を行った者に対し、効果的で、相応かつ抑止力のある制裁を科す」ことが求められており、G20 ハイレベル原則を取りまとめた日本においても、この原則を実施する必要がある。
- 「ビジネスと人権作業部会」から、公益通報者保護法の見直しの検討において、公益通報者に報復した事業者に罰則を導入するよう勧告を受けており、人権尊重の観点からも国際的な要請に応える必要がある。
一方、以下のような慎重意見も記載されています。
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- 配置転換については、公益通報との因果関係を客観的に判断できず、刑事罰の導入によって企業の人事・労務管理に支障を来すおそれがあるため、守秘義務違反の場合と同列に扱うべきではない。
- 人権保護の重要性に国による違いはなくとも、各国の雇用形態には違いがあり、それを意識した制度設計が必要。特に解雇は万国共通だが、配置転換は異なり、罰則を検討するにあたっては、分けて検討する必要がある。
- 公益通報の基本的価値を毀損するような悪質な行為を取り上げ、事業活動を不当に萎縮させない要件を規定する必要があり、例えば、現行法の要件のうち、「不正の目的」の内容を明らかにできるかを議論すべき。
本中間論点整理までの議論を踏まえると、公益通報を理由とする不利益取扱いに対して刑事罰を設けること自体には異論が少ない一方、不利益取扱いのうち、特に配置転換については、その定義の不明確性、不利益か否かの判断が主観に依存する部分があること、通報との因果関係の判断が困難であること等から、刑事罰の導入について慎重論がみられる状況です。
(3)間接罰か、直罰かについて
公益通報を理由とする不利益取扱いに対して刑事罰を設ける場合に、間接罰(命令制度を設けることを前提に、是正命令に違反した場合に刑事罰を科すもの)とするか、直罰(事前抑止の観点から、是正されるかどうかを問わず、法律違反に対して刑事罰を科すもの)とするかについても論点となっています。
本中間論点整理では、
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- 行為の悪質性に鑑み、不利益取扱いに対する直罰を想定した意見が多かった
とする一方、
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- 不利益取扱いを行った自然人及び法人の予測可能性を確保するため、直罰方式ではなく、行政による是正命令に違反するような場合にのみ、行政罰又は刑事罰が適用されるように措置すべき
との意見も記載されています。
3 不利益取扱いからの救済
(1)公益通報者の立証責任緩和と対象となる不利益取扱いの範囲
ア 立証責任緩和の必要性について
現行法下では、通報者が解雇その他の不利益取扱いを受けた場合、公益通報者保護法上の保護を受けるためには、訴訟等で、当該不利益取扱いが通報を理由とすることを自ら立証することが求められます。しかしながら、情報や証拠資料が事業者側に偏在していること等により立証が困難な場合があり、通報者に大きな負担となっていることが指摘されています。
本中間論点整理では、この論点について「不利益取扱いが公益通報を理由とすることの立証責任を事業者に転換し、公益通報者の立証責任を緩和すべきとの意見が多かった。」とされ、以下の理由が挙げられています。
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- 公益通報の受益者は企業の他、市民や社会である一方、日本においては、公益通報に伴うコストやリスクは公益通報者である個人だけが負っている構図となってバランスを欠いており、公益通報を躊躇する一因になっている。
- EU 諸国やアメリカ、韓国等では、法律上、保護要件を満たす通報者の立証責任を緩和しており、G20 ハイレベル原則の原則7でも、解雇の場合も含め、立証責任を比例した方法で分配するメカニズムの導入の検討が求められているが、日本だけが導入していない。
- 労働者・企業間の情報量の格差や実務上、企業側に立証責任がある労働契約法(平成19 年法律第128 号)上の解雇権濫用法理との平仄の観点から、解雇が公益通報をしたことを理由としてなされたことの立証責任は事業者に転換されるべき。
イ 立証責任緩和への慎重意見とその反論
一方、立証責任の緩和への慎重意見として、以下が挙げられています。
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- 解雇については、一般の労働紛争において、公益通報を行った労働者も含め、労働者側の立証負担が一定程度軽減されている。このため、公益通報者保護法で新たに立証責任を緩和する規定を設ける必要があるかについては慎重に検討する必要がある。
- 解雇権濫用と公益通報を理由とする解雇で、どちらで提訴・認定されるかには様々な判断があり、公益通報者が地位回復を目指す場合には、両者の効果には違いがない。
- 人事上の取扱いに不満をもつ労働者の濫用的通報が懸念され、特に配置転換は経営活動の中で頻繁に行われるものであり、立証責任の転換によって、事業者の経営判断や人事・労務管理が制約されるおそれがある。
上記意見への反論として、以下の意見が記載されています。
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- 解雇権濫用法理があるから公益通報者保護法上の立証責任の緩和は不要とすると、公益通報者保護法の存在意義が問題となる。
- 解雇について、労働契約法上の解雇権濫用における評価根拠事実・評価障害事実と、公益通報者保護法上の公益通報を理由とした不利益取扱いであるという因果関係の評価根拠事実・評価障害事実は、必ずしも重ならない部分もあるために、解雇についても公益通報者保護法に立証責任緩和の規定を設けることには意味がある。
- 通報者にとって不利益取扱いを受けたことの精神的苦痛は大きく、公益通報者保護法上の立証責任の緩和によって、労働契約法上の解雇権濫用法理の適用では通常、認められない慰謝料が認められやすくなるという導入効果は重要。
- 制度が悪用されるおそれがあるとの意見について、現行法は「不正な目的」がある場合は公益通報ではないとして、保護しない制度になっており、この目的要件が悪意ある濫用的通報者への一定の歯止めとなる。
- 公益通報を躊躇させないという法の趣旨を貫徹させるには、解雇のみならず、配置転換も含めた不利益取扱いについて、立証責任の緩和が必要。
上記のとおり、立証責任緩和については賛成意見が多いものの、慎重意見もあります。
特に、配置転換については、消費者庁による有識者等ヒアリング[1]においても、立証責任の緩和が行われた場合、公益通報を理由とする不利益取扱いに関する民事訴訟の結論に影響する可能性がある、との見解もあり、事業者にとっては負担感が大きいようです。
(2)訴訟以外の救済手段の整備
本中間論点整理では、訴訟を起こすことの経済的・心理的負担が大きく、不利益取扱いに関する立証負担も大きいことを踏まえ、不利益取扱いを受けた公益通報者が救済される手段として、訴訟以外の救済手段の整備を求める意見があることも記載されています。
具体的には、
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- 行政当局が関与し、生成 AI を活用した公益通報該当性の判断の効率化等を通じて、公益通報者の支援を行うこと
- ADR による仲介あっせんを通じた早期救済の仕組みづくり
- 公益通報を理由とする不利益取扱いであると裁判上認定された場合の損害賠償額増額の仕組みづくり
に触れられています。
4 不利益取扱いの範囲の明確化
現行法では、条文上(公益通報者保護法5条1項)、不利益取扱いの具体例として、解雇、降格、減給、退職金の不支給が明記されているものの、配置転換については明記されていません。
現行の法定指針(第3Ⅱ2(1)③)では不利益な取扱いの内容として「不利益な配転」が明記されているものの、不利益取扱いの範囲の明確化の観点から、配置転換についても、法令の条文上で例示列挙すべき、との意見が述べられたものです。
以 上
[1] 第3回検討会資料2、15p
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/meeting_materials/assets/consumer_partnerships_cms205_240708_01.pdf