2024.11.21
法務デューデリジェンスの分野別チェックポイント ~②株式~(2024年11月20日「M&A Online」掲載)
のぞみ総合法律事務所
弁護士 川西 風人
弁護士 劉セビョク
弁護士 吉田 元樹
1.はじめに
前回(「組織」に関する法務デューデリジェンス(DD)とは?)に続き、今回は法務デューデリジェンスにおける株式パートのチェックポイントについて解説します。株式は、株式譲渡や第三者割当増資を用いたM&Aでは取引の客体そのものであり、株式に関するデューデリジェンスが不十分だった場合には、対象会社の価値を見誤るという問題に止まらず、M&Aの有効性自体に問題が生じる事態も想定されるため、特に慎重な確認が必要です。
株式パートについては、M&Aのスキームや対象会社が公開会社か非公開会社かといった事情により留意点が若干異なってきますが、以下では、非公開会社の株式の過半数を株式譲渡の方法により取得する取引を前提に解説します。
2.株式パートの開示依頼資料
対象会社に対して初期的に開示を依頼する資料としては、例えば、以下のものが考えられます。
②設立以降の株主の変遷(株式譲渡・増資の時期、株式数、譲渡先、割当先等)がわかる資料
③過去5年間に行われた対象会社の株式の分割、併合、償却、償還、株券の失効、再発行があれば、その一覧表及び関連書類
④新株予約権、新株予約権付社債、取得条項付株式、取得請求権付株式、その他株式の発行・交付を目的とする権利等がある場合、それに関連する資料
⑤対象会社の株主間の合意、協定、契約等
⑥対象会社と、(i)対象会社の株主、(ii)対象会社の株主のグループ会社、(iii)対象会社の役員その他の関係者又は(iv)対象会社の株主の役員その他の関係者との間の契約
主要株主等の情報については、仲介会社等が作成する企業概要書(Information Memorandum)にも記載されていることが多いかと思いますが、対象会社の株主については、過去に行われた株式譲渡が実は無効であったといった事情により、客観的な事実から導かれる株主の範囲と、売り手(大株主)や対象会社が認識する株主の範囲とが異なるというケースも想定されます。そのため、当該M&Aのために作成された資料だけでなく、過去の増資・株式譲渡等に関する取締役会議事録など、客観的な資料を確認することが重要です。
3.株式パートのチェックポイント
(1)設立以降の株主の変遷が特定できるか
会社法上は、法定の事項が記載された株主名簿を作成していない場合、そのこと自体が過料の対象になります。また、株主名簿が作成されていない会社は、株主の管理自体が適切にできていない可能性もあるので、慎重に確認を進める必要性が高いといえます。
設立以降の株主の変遷を特定することは、簡単なようで極めて難しい作業です。会社の設立が古い場合は、より難易度が増します。いつ、誰と誰の間で株式譲渡が行われたのか、誰に対して新株発行が行われていたのか、株主が亡くなっている場合にはその株式が誰に相続されたのかといった事実を一つ一つ確認し、設立時の株主構成から現在の株主構成が一つの線で繋がるかどうか確認することになります。そして、重要なことは、過去の株式譲渡や新株発行が適法に行われたことを示す証跡を確認することです。特に、対象会社が株券発行会社である場合、株券の交付が株式譲渡の効力発生条件となり、株券交付のない株式譲渡は基本的に無効となることから、株券に関する対象会社の認識についても確認することになります。
具体的には、設立以降の株主の変遷に関する対象会社の認識を確認した上で、関連する取締役会議事録等を徴求し、会社法上必要となる譲渡承認手続や新株発行に関する取締役会決議がきちんと行われているかどうかを確認します。もっとも、会社法が定める取締役会議事録の備置期間は10年間であるため古い取締役会議事録が残っていない場合や、そもそも文書の管理に不備があり最近のものでも取締役会議事録が確認できない場合などもあります。また、対象会社が株券発行会社である場合、株券の発行の有無や株式譲渡に際しての株券交付の有無、株券の保管状況等に関する対象会社の認識についても確認することになりますが、不当に株券の発行自体がなされないまま譲渡が実施されていたり、株券交付の有無について十分な確認ができないこともあります。
そのため、最終的には、過去の株式譲渡や新株発行が無効又は不存在であることを理由に自身が真の株主であると主張する者が登場するリスクをどう捉えるか、そのリスクを表明・保証などを通じて売り手にも負担させることができるかといった問題に行き着くことも多いです。株主の変遷や根拠資料の確認ができない部分が相当程度昔のものである場合は、これまでに真の株主であると主張する者が出てきていないという事実をもってリスクは小さいと整理できる場合もありますが、当該部分が最近のものである場合や既に株主間で株式の帰属について見解に相違が生じている場合等は注意が必要です。
(2)潜在株式や種類株式が発行されていないか
せっかく対象会社を買収しても、想定していなかった新たな株主が登場したり、希望していた持株比率を得られないのでは、M&Aの目的を達成することができません。対象会社を完全子会社とすることをM&Aの目的としている場合は、なおさらです。
そのため、既発行の株式のほかにも、対象会社が新株予約権や新株予約権付社債を発行していないか、第三者に対して新株を発行する義務を負っていないかなど、いわゆる「潜在株式」の有無について確認する必要があります。このような潜在株式は、対象会社が当事者になっている株主間契約において、特定の既存株主に新株引受権(例えば、対象会社が新株を発行する場合に、当該既存株主も同様に新株を引き受け、自身の持株比率を維持することができる権利)を付与するという形で定められていることがあり、当該権利が行使された場合、買い手が想定するどおりの持株比率の取得が実現できない可能性もあることから、注意が必要です。また、当該M&Aで予定している株式譲渡が売り手にとって株主間契約上の義務違反になってしまう場合には、売り手以外の株主との間で紛争が生じることにもなりかねません。このように、株主間契約の確認は、持株比率の確保や適正な株式譲渡手続の遂行など、M&Aを企図したどおり実現するために重要なポイントといえます。
また、対象会社が種類株式を発行している場合もあります。種類株式とは、通常の株式と異なり、議決権や剰余金配当等について特別な条件が付されている株式のことをいいます。種類株式発行会社を対象会社とするM&Aにおいては、既発行の種類株式がどのような内容かを確認するとともに、買い手が自身の望むM&Aを実現するためにはどのような内容の株式を取得する必要があるか、当該株式取得を実現するには対象会社においてどのような意思決定が必要か(通常の取締役会や株主総会のほか、種類株主総会が必要になる場合があります)を確認・検討する必要があります。
対象会社がいわゆるスタートアップ企業である場合には、種類株式を発行していることが多く、上記の点はより重要になります。スタートアップ企業が対象会社となる場合の留意点については、別途詳細に解説予定です。
(3)クロージングが確実に実現できるか
上記のとおり、既発行の株式や株主間契約等の内容によっては、希望するM&A実現のためには、特定の既存株主の同意が必要であったり、特定の既存株主が新株引受権等の権利を行使しないことの確約が必要であったりする場合があり、クロージングに向けて既存株主との関連でどのようなプロセスを経ておく必要があるか、どのようなスケジュールになるか、デューデリジェンスの際に吟味する必要があります。
また、株式譲渡によるM&Aの場合で、対象会社が株券発行会社である場合には、株券の引渡しを受けなくては株式譲渡の効力が発生しません。そのため、株券が実際に発行されているか(「株券発行会社」であっても、株主から求められるまでは株券を物理的に発行しないことができます。その場合、株式譲渡に先立って、対象会社に株券を物理的に発行してもらう必要がある場合があります)や、当該株券を売り手が実際に所持しているか・第三者の手に渡ってしまっていないか等を確認する必要があります。
(4)クロージング後の事業に支障がないか
組織パートでも解説しましたが、対象会社が株主又はその関係者との間で契約を締結している場合には、当該M&Aのクロージング後も当該契約を維持する必要があるのか、それとも、クロージング前に当該契約を解消する必要があるのか、確認・検討が必要になります。
このように、当該M&Aにより対象会社の運営や事業にどのような変化が生じるのかという点は、法務デューデリジェンスにおける視点の基本になります。例えば、親会社・大株主が変更になることにより取引の終了等を申し出る取引先はいないか、といったことも法務デューデリジェンスにおける確認事項の一つです。この点は契約パートの解説で詳しく説明したいと思います。