2024.11.19
「最善利益義務」を踏まえた金融事業者の態勢整備のあり方について(第2回)
のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉田桂公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)
認定経営革新等支援機関
3 監督指針の改正
(前回からの続き)
(2)「顧客の最善の利益」とは
ア 「顧客」とは
金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律(以下「金融サービス提供法」といいます。)第2条第1項や上記監督指針では、「顧客の最善の利益」を勘案することが求められていますが、これを考えるにあたっては、まず、「顧客」を定義する必要があります。「顧客」が誰かがわからなければ、その「最善の利益」が何かもわかりません。
この点、「顧客」について、2024年10月30日付「コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」[1](以下「パブコメ結果」といいます。)No.8は、「金融サービス提供法第2条第1項に規定する「顧客」は、各金融事業者等の行う各業務の内容に応じて合理的に解釈されるべきものと考えられます」との見解を示しています。「顧客」が誰かは、金融事業者の規模・特性等によって異なります。そのため、法律では「顧客」が具体的には定義されておらず、各金融事業者が、それぞれの業務内容に応じて、自ら「顧客」を定義する必要があります。
イ 「顧客の最善の利益」とは
上記監督指針では、「必ずしも短期的・形式的な意味での利益に限らない「顧客の最善の利益」」との表現が用いられていますが、これについて、パブコメ結果No.10は、「「短期的・形式的な意味での利益」とは、例えば、顧客にとって目先の経済的な利益を生じ得るが長期的にみたときには顧客に不利益となる可能性がある場合の当該経済的な利益や機械的な計算に基づく経済的な利益[2]等を想定しております。「顧客の最善の利益」としては、こうした短期的・形式的な意味での利益に限らない実質的な意味での利益を想定しております」との見解を示しています。最善利益義務においては、短期的・形式的な意味での利益を追求する投資家ニーズに応えることを否定するものではないものの、「最善の利益」はこうした短期的・形式的な意味での利益に限らず、実質的な意味での利益が主に想定されていると考えられます[3] [4]。
また、パブコメ結果No.2は、「「顧客等の最善の利益」は顧客一人ひとりによって、また、同一の顧客であっても当該顧客の置かれた状況等により異なり得るものであり、さらに、それを実現する方法については金融事業者のビジネスモデル等によって異なり得るものと考えられます。したがって、「顧客等の最善の利益」は各金融事業者等において考えられるべきものであり、一般的な例を挙げることは適当ではないと考えられます」としています。このように、「顧客の最善の利益」についても、各金融事業者が自ら考え抜く必要があります。例えば、長期的な視点に立って投資判断を行う顧客であれば、投資の時間軸も長くなり、それに応じた「最善の利益」が考えられる必要があります。また、そもそも手元資金が不足しているような顧客に対しては、仮に将来的に経済的な利益を生じる可能性が高いと判断しても、投資を勧めることが、その顧客にとっての「最善の利益」であるかを考える必要があると思われます[5]。
(「第3回」に続く)
[1] https://www.fsa.go.jp/news/r6/shouken/20241030-2/01.pdf
[2] 「機械的な計算に基づく経済的な利益」とは、例えば、「投資した100円が結果として105円になったときの差額の5円」といった機械的な計算に基づくものを指しています(今泉宣親他「顧客本位の業務運営と「最善の利益」の法定」(商事法務2359号20頁)参照)。
[3] 前掲「顧客本位の業務運営と「最善の利益」の法定」20頁参照。
[4] なお、パブコメ結果No.3は、「各監督指針等において「必ずしも短期的・形式的な意味での利益に限らない『顧客の最善の利益』」と記載しているとおり、結果として経済的な利益が生じなかったことのみをもって、直ちに新設する誠実公正義務の違反となるものではないと考えられます」との見解を示しています。
[5] 前掲「顧客本位の業務運営と「最善の利益」の法定」20~21頁参照。