2025.01.08

法務デューデリジェンスの分野別チェックポイント ~③事業・契約~(2025年1月8日「M&A Online」掲載)

のぞみ総合法律事務所
弁護士 川西 風人
弁護士 劉セビョク
弁護士 吉田 元樹

2025年1月8日「M&A Online」掲載

1.はじめに

 今回は法務デューデリジェンスにおける事業・契約パートのチェックポイントについて解説します。

 対象会社の事業を理解することは、M&A実施によりどのようなシナジー創出を目指すのかという、そもそもの目的とも密接に関連するため非常に重要です。対象会社の事業に関する検討は買い手自身によっても行われますし、ビジネスデューデリジェンスが別途行われることもありますが、法務デューデリジェンスにおいても、事業セグメント毎の商流や取引先を含め事業の全体像を把握しておくことは、重要度の高い契約の特定に加え、当該事業の類型的な法的リスクや個別の契約上の法的リスクの判断にも役立つため、必要不可欠といえます。

 また、会社の事業は、多数の契約が締結、履行されることにより営まれています。そのため、対象会社がどのような相手とどのような契約を締結しているかを把握した上で、その内容を分析することにより、対象会社がどのような権利を有し、義務を負っているか、さらに、どのような契約上のリスクが潜んでいるかを理解することは、M&Aを実施するかどうかの重要な判断材料となるとともに、クロージング後の対象会社の事業運営にあたり重要な意味を持ちます。

2.事業・契約パートの開示依頼資料

 事業・契約パートについて対象会社に対して初期的に開示を依頼する資料としては、例えば、以下のものが考えられます。

①対象会社や対象会社の事業に関するパンフレット等の説明資料
②現在効力を有する契約の一覧
③対象会社の契約・約款等のひな型
④直近事業年度の仕入高/売上高上位●社の一覧及びこれらの会社との仕入/売上取引に関する契約書
⑤業務委託契約、運送契約、倉庫契約、顧問契約、コンサルタント契約、その他対象会社の事業にとって重要性の高い契約
⑥主要株主/会社支配権の変更が、相手方の承諾事項・解除事由とされている契約の一覧及びその契約書
⑦競業避止義務など事業上の制約が課されている契約の一覧及びその契約書
⑧債務不履行が発生している契約又は発生するおそれのある契約のリスト

 対象会社の事業に関する情報については、仲介会社等が作成する企業概要書(Information Memorandum)に記載されていることが多いかと思いますが、企業概要書が作成されていない場合でも、対象会社のパンフレットやHPなどから一定の情報を得ることができます。

 対象会社が締結する契約は通常膨大な数に上るため、限られた時間と予算の中で行われるデューデリジェンスにおいて、全てを確認することは非効率であり、また、非現実的です。そのため、実際に確認する契約書は重要度に応じて選別する必要がありますが、前提として、対象会社がどのような契約を締結しているかを把握することが有用であり、デューデリジェンスの初期の段階で現在効力を有する契約一覧の提供を求めたり、法務デューデリジェンスの初期に行われるマネジメントインタビューにおいて、どのような類型の契約が存在するか、そのうち事業にとって重要な契約はどれか、といった質問をして対象会社のビジネスの全体像を把握したりすることもあります。

 確認の対象とする契約書の選定においては、取引規模の大きな仕入先・販売先との契約や、取引規模は大きくなくても代替性のない部材の仕入先や業務委託先との契約など、事業への影響度に鑑み、対象を絞り込んでいくことが通常です。また、対象会社が複数の事業を行っているような場合には、事業セグメント毎に締結されている契約の特徴も異なることから、それぞれの事業セグメントに係る契約書の開示を求めることも多いです。

 実務上、対象会社からは、機密情報管理の観点から契約書の開示を拒絶されることもありますが、そのような場合には、例えば価格情報など機密性の高い部分については黒塗りにして提供を受けたり、弁護士限りの開示に留めるなどの方法により対応することもあります。また、契約書を作成しないまま口頭での合意のみに基づき長年に亘り取引を続けているケースや、基本契約が存在せず発注書と請書のやりとりだけで契約が成立しているケースのほか、契約書上の取決めとは乖離した運用が行われているケースもあるため、契約書の存在・内容だけでなく、事業や契約が実際にどのように運用されているかについても確認することが望ましいです。

3.事業・契約パートのチェックポイント

(1)契約書レビューの視点

 M&A実施の判断のために行われる法務デューデリジェンスとしての契約書レビューにおいては、法的リスクを網羅的に発見・指摘することにとらわれず、一定の視点をもってレビューを行うことが肝要です。

 レビューの視点は様々ですが、M&Aを実施するか否かの判断材料という観点から、以下のようなポイントが挙げられることが多いです。
①対象会社の既存事業を継続するにあたり支障となる取決めはないか
②買い手がM&A実施後に計画している事業の支障となる取決めはないか
③対象会社にとって特に不利益な取決めはないか

 また、単に上記ポイントに沿ってリスクを把握するだけではなく、発見されたリスクを株式譲渡契約などの最終契約においてどのようにコントロールするのか(リスクの解消をM&A実行の前提条件とする、譲渡価格の減額要因とする、クロージング後にリスクが顕在化した場合には賠償や補償の対象とするなど)、という視点も重要です。

 以下では、上記①~③の各視点について詳しく説明していきます。

(2)対象会社の既存事業の継続に支障となる取決めはないか(①)

 対象会社が締結する契約の中には、主要株主や支配権の変動など、M&Aにより生じ得る事象を契約の解除事由や事前承諾事由とする条項(いわゆるCOC[1]条項)が定められているものが存在します[2]。しかし、M&Aをきっかけとして対象会社の事業にとって重要性の高い契約が解除されてしまっては、対象会社はこれまでどおりの事業運営が行えず、M&Aの目的が達成できないことにもつながりかねません。

 そのため、対象会社が締結している契約のうち重要なものに関して、このようなCOC条項が定められていないかを確認する必要があります。実際のCOC条項には様々なバリエーションがあり、想定しているM&A取引が当該条項で定められている事由に該当するのか明確ではない場合もあります。例えば、100%の株式取得の場合、「支配権の変動」があることは明らかですが、株主が多数いる上場会社においては、どの程度の株式が移転すれば「支配権の変動」があったといえるかは必ずしも明確ではありません。このような場合、実務上は、ある程度保守的に該当性の有無を判断して対応することが多いです。

 COC条項が定められている契約が発見された場合の対応としては、当該契約の相手方からM&A実施にかかわらず契約を継続することについての承諾を得ることが原則です。株式譲渡契約などの最終契約においては、このような承諾が得られていることを取引実行(クロージング)の前提条件とします。もっとも、COC条項が定められている契約数が多い場合、個別に契約の相手方から承諾を得ることは大変ですし、かえって契約条件の変更などの交渉をもちかけられる可能性もあるため、承諾の取得を前提条件とする契約は重要なものに限定することもあります。

 また、対象会社が締結している契約には中途解約条項が定められているものもあります。このような契約については、M&Aの実施にかかわらず、特段の理由なく契約を解約できてしまうため、重要な契約について中途解約条項が定められている場合は、そのようなリスクがあることを前提として、M&Aを実施するかどうかの判断を行うことが必要となります。例えば、売り手又は売り手の役職員との属人的な関係を前提に対象会社と契約を結んでいるような取引先は、M&Aを契機として中途解約や更新拒絶を行う可能性がありますので、確認が必要です。

(3)M&A実施後に計画している事業の支障となる取決めはないか(②)

 買い手は、M&A実施後において、自社のリソースを活かして対象会社の事業を拡大し、これまで対象会社が事業展開していなかった地域や関連領域での事業実施を計画していることも多いです。

 しかし、対象会社が締結している契約には、一定の地理的制限や事業領域の制限など、取引の相手方との間での競業を禁止する条項が定められていることがあります。このような条項により、企図していた事業の実施が制限されてしまうと、買い手の想定していた事業計画が実現できず、M&Aの目的を達成できない可能性もあります。また、そのような競業禁止条項の対象が契約当事者である対象会社だけでなくその親会社や兄弟会社にまで拡大されている場合は、M&Aの実行により、買い手や買い手のグループ会社の事業内容次第では当該条項に違反する状況が生じてしまうこともあります。

 その他、特定の代理店にだけ販売する権利を与える独占的な販売代理店契約を締結している場合などには、買い手の販売チャネルを活かしてより効率的な販売活動を実施しようとしても、そのような取組みが実現できないという事態も生じ得ます。

 そのため、対象会社が締結している契約にこのような事業活動を制限する条項が定められていないかを確認することは必要不可欠であり、仮にそのような条項が発見された場合には、当該契約の相手方から一定の範囲でこのような制限解除についての承諾が得られることを取引実行の前提条件としたり、買い手側において事業計画を見直し、場合によっては買収価格を減額するなどの対応が必要となります。

(4)対象会社にとって特に不利益な取決めはないか(③)

 対象会社が締結している契約には、交渉の結果、一定の範囲で有利・不利な契約内容となっているものは当然あります。もっとも、業界の標準からかけ離れて対象会社に不利な契約内容となっているような場合には、そのような契約が締結された背景も含め確認し、事業に与える影響を検討することが必要です[3]

 例えば、対象会社の締結している契約に最低購入数量が定められている場合、実際にそのような需要があり販売に結びつけられているのか、最低購入数量を達成できない場合のペナルティはどのようなものなのかといった情報は、M&A実施後の事業計画にも影響があるため、確認すべきでしょう。

 また、通常あまりみかけないような条項が定められている場合には、そのような条項が定められた背景を確認することで、過去のトラブルや現存しているリスクを知る端緒となることもあるため、インタビューなどで質問すると良いでしょう。


[1] チェンジ・オブ・コントロールの略語。

[2] このような主要株主等の変動だけでなく、クロージング後に予定されている代表取締役や商号の変更がCOC条項の対象になっている場合もあるため、注意が必要です。

[3] 反対に、対象会社にとって過度に有利であり独占禁止法や下請法、フリーランス新法等に違反する条項が定められていないかや、対象会社がBtoC事業を営んでいる場合には、利用規約等に消費者契約法に違反する条項ないかを検討することも必要になってきます。

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