2025.01.28

消費者庁検討会報告書を踏まえた公益通報者保護法改正の方向性(第1回)

のぞみ総合法律事務所
弁護士 川西拓人

 

 消費者庁では、2024年5月より、公益通報者保護法改正を見据えた「公益通報者保護制度検討会」(以下「本検討会」といいます。)が開催され、同年12月、「公益通報者保護制度検討会報告書 -制度の実効性向上による国民生活の安心と安全の確保に向けて-」(以下「本報告書」といいます。)が公表されました。
 本報告書において、本検討会で示された論点に関する法改正の方向性が明らかとなりましたので、本稿では、その概要とポイントを解説します。
 なお、本報告書末尾では「制度の実効性を向上するため、本報告書で提言された個別論点のうち、検討会で一定の具体的方向性が得られた事項については、法改正も含めた対応を早急に検討するよう、政府に要請する。」との記載が行われ、本報告書で法改正の対応を行うべきとされた論点については、本年の通常国会で法改正が行われる可能性が高いと考えられます。また、「加えて、法改正が行われた場合には、その実効性を確保するため、速やかに法定指針を見直し、事業者や国民への周知のため、施行までの期問を適切に確保すべきである。」とも記載され、法改正後、速やかに法定指針の改正も行われると考えられます。

1 本報告書で示された個別論点

 本報告書で示された個別論点は以下のとおり、大項目で4個、小項目で14個の論点があります。本検討会では、2024年9月に「中間論点整理」が示されましたが、本報告書も、検討対象となった論点は、概ね「中間論点整理」と同様です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2 事業者における体制整備の徹底と実効性の向上

 論点大項目の1つ目は「事業者における体制整備の徹底と実効性の向上」です。当該論点の小項目としては「(1)従事者指定義務の違反事業者への対応」「(2)体制整備の実効性向上のための対応」「(3)体制整備義務の対象となる事業者の範囲拡大」の3つがあります。

(1)従事者指定義務の違反事業者への対応

 

 

 上記論点について、本報告書では、以下のような「対応」が示されました(下線は筆者による。以下、本稿において同じ。)。

  • 従事者指定義務の履行徹底に向けて、消費者庁の行政措置権限を強化すべきである。具体的には、現行法の報告徴収、指導・助言、勧告、勧告に従わない場合の公表に加え、立入検査権や勧告に従わない場合の命令権を規定し、事業者に対し、是正すべき旨の命令を行っても違反が是正されない場合には、刑事罰を科すこととすべきである。
  • なお、命令違反時に刑事罰を規定することの副次的な効果として、従事者指定義務違反の事実が、法の通報対象事実となり、義務を履行していない事業者に関する内部の労働者等からの公益通報が増えることが見込まれ、これに適切に対応できるよう、消費者庁において十分な法執行体制を確保すべきである。

 上記により、公益通報者保護法に、新たな行政措置権限として立入検査権及び命令権が設けられることが予測されます。また、今後、事業者が従事者指定義務を履行しない場合、消費者庁の立入検査を受ける等して義務を履行するよう命令が発出され、当該命令を経てもなお事業者が是正を行わない場合、刑事罰を受けることとなると考えられます。
 上記の「なお書き」の趣旨は、公益通報者保護法の通報対象事実は「犯罪行為」、「過料対象行為」及び「最終的に刑罰若しくは過料につながる法令違反行為」であるところ、現行法では従事者指定義務違反はそのいずれにも該当せず、事業者で従事者指定義務違反が生じていても通報対象事実とならないとの問題があったところ、かかる問題が解消したことをいうものです。

(2)体制整備の実効性向上のための対応

 

 

 上記論点について、本報告書では、以下のような「対応」が示されました。

  • 事業者が整備した公益通報への対応体制について、現状、法定指針で事業者に求めている労働者及び派遣労働者に対する周知が徹底されるよう、体制整備義務の例示として、法律で周知義務を明示すべきである。
  • 周知事項の具体的な内容としては、法定指針で必要な措置として既に定めがある、①部門横断的な内部通報窓口の設置(連絡先や連絡方法等を含む)、②調査における利益相反の排除の措置、③是正措置等の通知に関する措置、④不利益な取扱いの防止に関する措置、⑤範囲外共有の防止に関する措置等が考えられ、事業者が何を周知すべきかが明らかになるよう、法定指針で具体的に規定すべきである。
  • 消費者庁においても、事業者における周知を支援するために、例えば、周知媒体(ポスター等)のひな形を作成することや、地方自治体による地方消費者行政強化交付金の活用の促進等を通じて、事業者に対する制度の概要の周知を行うこと、事業者の取組みの好事例を収集し、それを広く周知することなど、公益通報者保護制度の普及・浸透に向けた取組みを強化すべきである。

 上記により、改正法においては、体制整備義務の例示として法律に周知義務を明示する条文が設けられること、また、法定指針において義務の対象となる周知事項として上記①から⑤の事項が新たに定められることが予測されます。

(3)体制整備義務の対象となる事業者の範囲拡大

 

 

上記論点について、本報告書では、以下のような「対応」が示されました。

  • 主要国の動向[1]を踏まえ、消費者庁は、努力義務対象事業者に対しても、窓口設置の必要性と重要性について一層の周知啓発を行い、その認識を高めた上で、義務の履行を支援する民間サービスの普及状況も踏まえ、義務対象事業者が常時使用する労働者数の段階的な引き下げや中小規模事業者が対応可能な措置について、引き続き検討すべきである。

 上記により、今回の法改正においては、体制整備義務の対象となる事業者の範囲の拡大は見送られる可能性が高くなりました。
 令和5年度の消費者庁実態調査で、従業員数300人以下の事業者(1488者)の53.1%が内部通報制度を導入していないと回答するなど、対象事業者の範囲拡大の必要性が一定程度認められたものの、本検討会において、中小規模事業者における公益通報の件数が少なく通報対応のノウハウを蓄積することは難しく、実効的な体制整備を求めることは現実的ではないとの意見や、内部通報窓口の導入支援を行う民間サービス等も少なく、中小規模事業者の対応のハードルは高いとの意見があったことが影響しています。

以 上


[1] EU加盟国のうち、フランス、ドイツでは、従業員数が50人以上の事業者に内部通報窓口の設置や対応手続きの策定を義務付けている一方、アメリカでは、上場企業及びその子会社・関連会社、オーストラリアでは、上場企業及び非上場の大会社(当該会社及び当該会社が支配する他の会社が、年間売上高合計5,000万豪ドル以上、総資産合計2,500万豪ドル以上、従業員数合計100名以上の要件のうちの2つ以上を満たすものをいう。)に義務付けがある。 

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