2025.02.03

消費者庁検討会報告書を踏まえた公益通報者保護法改正の方向性(第2回)

のぞみ総合法律事務所
弁護士 川西拓人

 消費者庁では、2024年5月より、公益通報者保護法改正を見据えた「公益通報者保護制度検討会」(以下「本検討会」といいます。)が開催され、同年12月、「公益通報者保護制度検討会報告書 -制度の実効性向上による国民生活の安心と安全の確保に向けて-」(以下「本報告書」といいます。)が公表されました。本報告書において、本検討会で示された論点に関する公益通報者保護法改正の方向性が明らかとなりました。
 本稿は、第2回として、「公益通報を阻害する要因への対処」について、その概要とポイントを解説します。

1 公益通報を阻害する要因への対処

 本報告書の論点大項目の2つ目として「公益通報を阻害する要因への対処」があります。当該論点の小項目としては「(1)公益通報者を探索する行為の禁止」「(2)公益通報を妨害する行為の禁止」「(3)公益通報のために必要な資料収集・持出し行為の免責」「(4)公益通報の刑事免責」「(5)濫用的通報者への対応」の5つが挙げられます。

 2 公益通報者を探索する行為の禁止

論点4
法律上、通報者探索を禁止する明文規定を設けるべきではないか。また、法律上明記するだけでなく、通報者探索行為に対し、行政措置または刑事罰を規定すべきではないか。

 上記論点について、本報告書では、以下のような「対応」が示されました(下線は筆者によります。以下、本稿において同じです。)。

    • 法律上、正当な理由がなく、労働者等に公益通報者である旨を明らかにすることを要求する行為等、公益通報者を特定することを目的とする行為を禁止する規定を設けるべきである。
    • 正当な理由の例としては、通報者がどの部署に所属し、どのような局面で不正を認識したのか等を特定した上でなければ、通報内容の信憑性や具体性に疑義があり、必要性の高い調査が実施できない場合に従事者が通報者に対して詳細な情報を問う行為等が考えられる。ただし、潜脱的な行為が行われ、禁止規定の実効性が損なわれることがないよう、正当な理由として解釈で認められる範囲は限定的な場合に留めるべきである。
    • なお、探索行為に対して罰則を規定すべきとの意見もあったが
      • 不利益な取扱いを伴わない探索行為自体が、罰則に値する反社会性の高い行為とまでは言えないこと、
      • 従事者以外の職場の上司などが公益通報を受け付け、公益通報者を特定する情報を漏らした場合には、罰則対象となっていないこととの均衡を保つことができないこと、
      • 調査担当者が萎縮し、事実関係について確認するための正当な調査に支障が生じる懸念があること、
      • 公益通報者の探索行為は、不利益な取扱いの予備行為ともいえるが、我が国において、予備行為に罰則を規定している例は、基本犯が重大な犯罪である場合など極めて限定的であることとの均衡を保つことができないこと

を踏まえ、今後、必要に応じて、慎重に検討すべきである。

 上記により、公益通報者保護法に、新たに「法律上、正当な理由がなく、労働者等に公益通報者である旨を明らかにすることを要求する行為等、公益通報者を特定することを目的とする行為」を禁止する条項が設けられると考えられます。
 この場合でも、事業者が、通報された違法行為の事実関係について調査するため、社内外の関係者にヒアリングやアンケートを実施したり、関係資料を収集・閲覧したりすること自体は、「公益通報者を特定することを目的とする行為」には該当しないとされています。
 また、今回の改正では、探索行為に罰則は設けない方向性となりました。ただし、従事者の守秘義務違反は従来どおり刑事罰の対象となり、また、従事者指定されていない者が、公益通報者を探索する目的で、従事者から公益通報者を特定させる情報を聞き出した場合、従事者の守秘義務違反の教唆犯として罰則対象となり得ることには留意が必要です。

 3 公益通報を妨害する行為の禁止

論点5
労働者に公益通報しないことを約束させるなど、公益通報を妨害する行為について、法律上禁止し、かかる合意を無効とする明文規定を設けるべきではないか。また、かかる違反行為に対して、刑事罰を規定すべきではないか。

 上記論点について、本報告書では、以下のような「対応」が示されました。

    • 法において、事業者が、正当な理由なく、労働者等に公益通報をしないことを約束させるなどの公益通報を妨害する行為を禁止するとともに、これに反する契約締結等の法律行為を無効とすべきである。
    • 正当な理由としては、例えば、事業者において、法令違反の事実の有無に関する調査や是正に向けた適切な対応を行っている場合に、労働者等に対して、当該法令違反の事実を事業者外部に口外しないように求めることなどが考えられる。ただし、潜脱的な行為が行われ、禁止規定の実効性が損なわれることがないよう、正当な理由として解釈で認められる範囲は限定的な場合に留めるべきである。
    • なお、公益通報を妨害する行為に罰則を規定すべきとの意見もあったが、現状、こうした行為について立法事実の蓄積が十分にないことから、今後の立法事実を踏まえて、必要に応じて検討すべきである。

 上記により、公益通報者保護法に、新たに「事業者が、正当な理由なく、労働者等に公益通報をしないことを約束させるなどの公益通報を妨害する行為を禁止」する条項及び「これに反する契約締結等の法律行為を無効」とする条項が設けられると予測されます。
 なお、「正当な理由」の解釈について、脚注では以下のような記載がなされています。

    • 独占禁止法(昭和22年法律第54号)ではカルテル等に対する課徴金について、当局に自主的に申告した場合に課徴金を減免する制度が設けられているところ(第7条の4、第7条の5)、外部に情報が漏えいすることにより同制度の適用を受けられなくなる可能性がある(第7条の6第6号)。
    • 事業者が適切に調査を行って事実関係を確認した上で是正に向けた対応を行おうとしている場合に、内部の労働者等が当該法令違反の事実を拙速・不用意に外部に漏えいすれば、無用の混乱を招きかねず、事業者にとっても社会にとっても望ましいことではない。もっとも、事業者が公益通報者に不利益な取扱いをしようとしている場合や、法令違反の事実の隠蔽や証拠の隠滅等をしようとしている場合などには、事業者において是正に向けた対応を行っているとは言えないため、労働者等に対し、法令違反の事実を口外しないように求めることは正当な理由に該当しない。

 違反時の罰則については、刑事罰が事業者への抑止となり、通報者が安心して通報できる環境に繋がるとの意見もありましたが、一方で、立法事実の蓄積がない中での罰則導入は刑事罰の謙抑性の観点から問題がある等の意見もあり、当面は、今後の立法事実を踏まえて必要に応じて検討すべき、との結論となりました。

4 公益通報のために必要な資料収集・持ち出し行為の免責

論点6
公益通報のために必要で社会的相当性を逸脱しない限り、資料収集・持ち出し行為が免責されるよう規定を設けるべきではないか。かかる免責については、民事免責のみならず、刑事免責についても、具体的要件を検討して法定する必要があるのではないか。

 上記論点について、本報告書では、以下のような「対応」が示されました。

    • 令和2年改正で、2号通報の保護要件を緩和し、真実相当性がない場合であっても一定の要件を満たせば、公益通報者が保護されるようになったことや3号通報の保護要件が主要先進国と比べて緩やかであることを踏まえ、公益通報のための資料収集・持出しの必要性を検討するとともに、行為の影響を分析し、具体的にどのような場合であれば、民事上及び刑事上免責することが許容されるか、検討する必要がある。
    • 今後の立法事実を踏まえ、窃盗罪、横領罪、背任罪、不正アクセス禁止法違反、建造物侵入罪、個人情報保護法違反などの犯罪の構成要件との関係を整理し、免責のための具体的な要件や事業者の免責の必要性について、引き続き、検討すべきである。

 上記により、今回の法改正では、公益通報のために必要な資料収集・持ち出し行為の免責に関する条項の規定は見送られる方向性となりました。
 証拠がなければ、通報者が不正行為の存在を証明することができないところ、通報に必要な資料収集・持出し行為が事業者による不利益な取扱いの理由となるおそれがあり、それが公益通報を躊躇する要因になっているとの指摘があります。
 これに対し、本検討会では、以下のような意見があり、上記の結論となりました。

    • 所有権や占有侵害が私人の自己判断で行われることは事業者における情報管理や企業秩序に対して悪影響を及ぼす可能性がある
    • 窃盗罪、横領罪、背任罪、不正アクセス禁止法違反、建造物侵入罪、個人情報保護法違反などの犯罪の構成要件との関係を整理した上で、免責のための具体的な要件を検討する必要がある
    • 免責規定を設けた場合、企業情報の漏えいリスクが高まることが懸念されるため、それが完全に払拭される厳格な要件を設定できない限り、免責規定の創設は見送るべき
    • 企業としては機密等の漏えいが起こった段階で、何らかの対応をしなければならないが、漏えいの発生段階で真に公益通報目的の行為かどうかを判断することは非常に難しい

 ただし、本検討会では、資料持出行為にかかる刑事免責については「現行法でも解釈論として自救行為について違法性阻却があり得ると解されており、そちらとの対比で公益通報のためでも違法性阻却の余地はあり得る。」との見解が示され[1]、また、民事免責についても、本報告書脚注で「裁判例において、通報のための資料持ち出し行為は、就業規則違反等、懲戒事由該当性が広く認められる傾向にある一方、処分相当性の判断の段階で通報者に有利な事情を斟酌するなどして処分無効となったものが複数ある」と指摘されており、事業者においても、かかる解釈に沿った対応が求められます。

5 公益通報の刑事免責

論点7
現行法では、通報行為の民事免責のみが規定され、刑事免責が規定されていないため予測可能性が欠けている。刑事免責の明文化を検討すべきではないか。

上記論点について、本報告書では、以下のような「対応」が示されました。

    • 現状、公益通報の刑事免責の具体的要件を検討するために必要な立法事実の蓄積は十分でないことから、今後の立法事実を踏まえ、必要に応じて、刑法の秘密漏示罪、名誉毀損罪、信用毀損罪の他、特別法の守秘義務違反時の罰則等の保護法益との関係を整理できるか検討すべきである。
    • なお、一般論として、法の通報対象事実は、犯罪行為などの反社会性が明白な行為の事実であり、国家公務員法(昭和22年法律第120号)第100条第1項や地方公務員法(昭和25年法律第261号)第34条第1項に規定する「秘密」として保護するに値せず、公務員が法第3条各号に定める公益通報をしたとしても、法律上の守秘義務に違反するものではないと考えられる。また、公務員には刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第239条第2項によって犯罪の告発義務が課されている趣旨にも鑑みれば、公益通報をしても守秘義務に反しないと考えられ、むしろ公務員として積極的に法令違反の是正に協力すべきものと考えられる。消費者庁は、このような一般的な解釈について、公務員に対する周知に努めるべきである。

 上記のとおり、今回の法改正では公益通報の刑事免責に関する条項の規定は見送られ、今後の立法事実を踏まえて必要に応じて検討する、との方向性となりました。
 現行法では、通報行為の民事免責の規定があるものの、刑事免責の規定がないことから議論が行われましたが、本検討会では以下のような意見も出されました。

    • 関係する刑罰の構成要件との関係を整理し、具体的な要件を検討する必要があるとの意見
    • 公務員が法律上の守秘義務を理由として、公益通報を躊躇しないようにするために刑事免責を規定することの許容性については、国の安全保障に関する情報等、公益通報のためであったとしても、なお、秘匿すべき情報もあり得るのではないか

 公務員による公益通報については、上記「対応」の「なお」書きのとおり、現行法の解釈のもとでも、公益通報の要件を満たせば守秘義務に違反しない事例は相応に想定されると考えられます。

6 濫用的通報者への対応

論点8
濫用的通報や虚偽通報に対し、罰則を設けるべきではないか。

上記論点について、本報告書では、以下のような「対応」が示されました。

  • 公益通報者保護制度の健全な運営を確保する観点から、事業者の適切な内部通報対応を阻害したり、風評被害などの損害を生じさせるおそれがある濫用的通報の抑止が必要であり、消費者庁は、濫用的通報の実態を調査し、その結果を踏まえて、対応を検討すべきである。

 上記により、今回の法改正では、濫用的通報や虚偽通報に対する罰則規定を設けることは見送られ、消費者庁が濫用的通報の実態を調査し、その結果を踏まえて、対応を検討するとの方向性となりました。

 濫用的通報については、「公序良俗に反する形ではないものの、自己の利益を図る目的ではないかと考えられるような通報が少なからずあるとの指摘」があり、「従事者の業務の大半が、こうした通報への対応に奪われた場合、事業者にとって真に対応が必要な通報が見逃され、違法行為の是正が図られなくなるおそれがある。」との問題意識から、罰則の要否等が検討されました。
 本検討会で濫用的通報として議論された行為類型については、公益通報者保護法の中で規定を設けなくとも偽計業務妨害罪、名誉棄損罪、侮辱罪、威力業務妨害罪等の刑事罰の対象となる可能性があること、罰則を設けることで通報者の委縮につながることが懸念されること等から、公益通報者保護法の中で罰則規定を設けるとの結論には至りませんでした。
 ただし、本検討会でも、事業者における濫用的と考えられる通報への対応の負担を述べる意見は存在し、今後、消費者庁において濫用的通報の実態を調査し、その結果を踏まえて対応を検討することとなりました。

以上


[1] https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/meeting_materials/assets/consumer_partnerships_cms205_241105_02.pdf

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