2025.03.11

企業不祥事:調査委員会実務と再発防止策について考える(前編)

のぞみ総合法律事務所
弁護士・ニューヨーク州弁護士
公認不正検査士(CFE)
結城 大輔


  • 本論考は、結城がアドバイザー(フェロー)を務める一般社団法人経営倫理実践研究センター(BERC)の「アドバイザーコラム」に、2025年1月23日に掲載されたものを、BERCの許可のもと、Nozomi News
    Letterとしても一部改訂の上掲載させていただくものです。
  • 前編、後編と2回に分けて、発信する予定です。

 

1 はじめに:調査委員会実務と再発防止策策定・遂行の本来的な緊張関係

  企業、特に上場会社において不正の疑義や不祥事が発生すると、第三者委員会や特別調査委員会等の名称による調査委員会(以下総称して「調査委員会」といいます。)を組成し、調査を行った上でその結果を公表する実務が定着しています。
 日本取引所自主規制法人が2016年に公表した「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」においても、「必要十分な調査により事実関係や原因を解明し、その結果をもとに再発防止を図ることを通じて、自浄作用を発揮する必要がある」ことが明記され、「内部統制の有効性や経営陣の信頼性に相当の疑義が生じている場合、当該企業の企業価値の毀損度合いが大きい場合、複雑な事案あるいは社会的影響が重大な事案である場合などには、調査の客観性・中立性・専門性を確保するため、第三者委員会の設置が有力な選択肢となる」旨がうたわれています(プリンシプル②「第三者委員会を設置する場合における独立性・中立性・専門性の確保」)。
 第三者委員会については、日本弁護士連合会の「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」(2010年制定。以下「日弁連ガイドライン」といいます。)でも、「徹底した調査を実施した上で、専門家としての知見と経験に基づいて原因を分析し、必要に応じて具体的な再発防止策等を提言するタイプの委員会」である旨がうたわれ、かかるガイドラインがソフトローとして機能し、実務として定着しています。
 筆者も、上場会社を中心に、調査委員会の委員長等として、対象事案の事実関係調査、それに基づく原因分析と、再発防止策の提言を行う業務を、年に数件ほど行っています。

 ただ、数多ある調査委員会組成案件を見ていると、時には、まるで、
 “調査委員会の調査報告書を受領してこれを開示することができればステークホルダーへの説明責任は果たされた”
 “会計監査人から適正意見さえもらえれば上場は維持できる”
などの様子・感覚が窺われ、調査委員会の報告書を開示するだけで「ほっ」と安堵してしまい、その後の再発防止策の策定・遂行への尽力が十分でないと感じることがあります。調査委員会が調査報告書に記載した再発防止策の提言をほぼなぞっただけの再発防止策を開示するケースや、その後の実際の取組を遂行する主体や取組の達成度・改善状況が明確でないケースなどです。

 もちろん、調査委員会による調査が行われている期間、会社側には、関連資料の収集・提出、デジタル・フォレンジック調査への協力、ヒアリングへの協力、これらに伴う費用負担など、非常に重い時間的・金銭的負荷がかかりますので、上記のような対応や感覚について心情的には理解できるものがありますが、これでは、再発防止策を策定・遂行することで自浄作用を発揮するという、調査委員会組成の重要な目的が中途半端になってしまうおそれがあり、大きな問題となり得る態度と言わざるを得ません。一度不正や不祥事が発生し、調査委員会まで組成されて再発防止に取り組んでいたはずなのに、もしもまた同種・類似の事案が発生したら、当該企業の責任、役員の善管注意義務違反の問題となります。企業としての取組に「100%完璧」はなく、こういった事案が発生する可能性もゼロにはできない以上、“ここまでの努力を尽くしていた以上はやむを得ない”と言えるレベルまでの再発防止の取組を本気で進める必要があるにもかかわらず、これができていない事案が少なくないとすると、恐ろしいことだと思います。

 ただ、実際に調査委員会側で業務を行っていると、このような状況を、単なる会社側の意識の問題のみによると整理するのは酷であるとも感じます。会社側にとっては、本質的に、再発防止策の策定・遂行を容易には進められない「難しさ」が存在しているのです。

 本稿では、以下、難しさの理由となっている3つのポイント、「時間不足」・「人不足」・「予算不足」について概説した上で、筆者としての私案として、再発防止支援のプログラム枠組について触れてみたいと思います。

2 難しさ1:時間不足

 まずは、調査委員会の報告書受領から再発防止策の策定・公表までの間に、必要な時間を確保することが難しいという、絶対的な時間不足を指摘する必要があります。
 すなわち、調査委員会にとって、原因分析と再発防止策提言は、対象事案の事実関係の調査がなされ、認定される事実関係が判明するからこそ可能となるため、おのずから、調査委員会業務の終盤になされることとなり、この内容が会社側に伝達されるタイミングも、調査委員会業務の最終盤となります。特に、日弁連ガイドラインに完全に準拠する調査委員会の場合、調査報告書の事前開示が一切認められませんので(同ガイドライン第2部 指針 第2−3[[1]])、会社は調査報告書の提出を受けて初めて、調査委員会の分析する不正の原因や、再発防止策の提言内容を書面として把握することになります。

 一方で、例えば上場会社であれば、調査報告書受領を適時開示した後、ほぼ同時かあまり遅れないタイミングで再発防止策についても開示する必要がありますが、調査報告書受領前に会社側には情報がほとんどないため、この再発防止策策定のための検討期間がほとんど確保できないという本質的な問題点があります。

3 難しさ2:人不足

  続いて「人不足」です。
 調査委員会が組織されるような不正・不祥事が発生した企業では、いわゆる“2線”のリスク管理部門に何らかの問題や改善点があることも多く、再発防止策を策定し、推進する中心となるべき組織やその中心メンバーとなるべき人が不足することが少なくありません。また、これまで調査対象となった事業を推進する中心となってきた人物や部門が当該問題に何らかの形で関与していたというような事案も少なからずあり、その場合、かかる人物・部門による再発防止策策定・推進への関与は難しい、ということにもなります。
 そのような場合、新たに部門横断的な再発防止策遂行のためのチームが組織されることがあります。会社の未来を作る、企業風土を変えるなどの重要な取組を遂行できるだけの人間が何人もいればよいのですが、現実はその人選に苦労しているケースが少なくないと認識しています。 

4 難しさ3:予算不足

  そして、再発防止策の遂行に必要な予算が確保されていないケースも見受けられるように思います。
 
難しさ2の「人不足」を補うために、新たな人材を採用したり、外部専門家を起用したりする必要があると再発防止策の遂行を担当するチームで考えても、会社として十分な予算が確保されないような事例です。これは、調査委員会による調査段階のように、上場廃止等、会社に重大なリスクが降りかかっている場面と比べると、再発防止策の策定・遂行段階は、そこまでの深刻な事態ではないと誤解されているためではないかと思います。

 次回、後編は上述した再発防止策の策定・遂行の3つの難しさを解消する「再発防止支援プログラム」私案について掲載いたします。

 (前編終わり)


[1] 「第三者委員会は、調査報告書提出前に、その全部又は一部を企業等に開示しない。」と規定されている。

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