2025.03.19
「最善利益義務」を踏まえた金融事業者の態勢整備のあり方について(第6回)
のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉田桂公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)
認定経営革新等支援機関
(前回からの続き)
5 「顧客の最善の利益」を実現するために、どのようにPDCAサイクルを回すのか
(3)顧客本位の業務運営に関する取組方針の実践(D)
ア 「理解」→「共鳴」→「体現」のプロセス
顧客本位の業務運営に関する取組方針(以下「取組方針」といいます。)を実践するにあたっては、全役職員一人ひとりが取組方針を「自分ごと化」することが重要となります。
そして、この「自分ごと化」を進めるには、以下の「理解」→「共鳴」→「体現」のプロセスを経ることが有益です[1]。
「理解」
(全役職員一人ひとりが取組方針の内容を理解すること)
↓
「共鳴」
(全役職員の間に、取組方針の内容に対する心からの「共感」を生むこと)[2]
↓
「体現」
(取組方針を実現すること)
イ 「理解」と「共鳴」のプロセス
「理解」と「共鳴」のプロセスにおいては、以下の「トップ・メッセージ」「プロモーション活動」「対話」「エピソードの共有」といった取組みが重要です。
① 「トップ・メッセージ」
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現場は、経営陣や中間管理者の発言や行動を見ています。
経営陣が、取組方針の意義・重要性を繰り返し唱えることで、現場は「それだけ重要なものなら、きちんと取り組もう」と動機付けられます。
他方で、経営陣が、いくら「取組方針が重要である」と発言していても、顧客の利益よりも営業推進を優先するような経営判断や行動を行えば、現場は、取組方針を形だけ取り繕ったものと考え、それに「共感」することはありません。「顧客本位と営業が対立した場合、当社は絶対に顧客本位を優先する。顧客本位に反する営業で得る売上などいらない」という強いメッセージを経営陣が出すことも重要です。このような経営陣の姿勢(Tone at the top)は、企業文化(カルチャー)や従業員の行動に大きな影響を与えます。
また、現場の従業員が日々の業務において直接の指示を受け、人事評価の過程で第一次的な評価を受けるのは、中間管理者からです。そこで、中間管理者には、経営陣が示した姿勢を自らの部署等の業務に合わせて具体的に理解し、日々の業務の中でそれを自ら体現することが求められます[4]。このような中間管理者の姿勢(Tone in the middle)も、現場の従業員の動機付けに影響を及ぼします。
② 「プロモーション活動」
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役職員が取組方針の内容を理解する上で、上記の取組みは有用といえます。
しかし、これらの取組みを行ってそれで満足している会社が多いように思います。後述のとおり、これらだけでは不十分です。
③ 「対話」
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取組方針に対する現場の従業員の「共感」を得るには、従業員が取組方針をしっかりと「腹落ち」することが重要です。そのためには、取組方針を言語化された単なる情報として従業員に受け渡すだけ(取組方針の内容を従業員に伝えるだけ)では不十分です。つまり、「プロモーション活動」だけでは足りません。それに加えて、従業員の中で、取組方針と、それを体現する具体的な行動が結び付くことが重要です。そうすることで、従業員は、「確かに、この行動は、顧客に立場に立ったものとして大事だな。しっかりと取り組もう」と感じて、「腹落ち」をしやすくなり、「共鳴」につながります。上記のように、役職員間の対話の中で、顧客本位の取組みについて、「自分はこう考えている」、「こういう行動をとるべきだと思う」といった、主体的な姿勢で、各役職員が顧客本位を意味づけて、「顧客本位」と「行動」を結びつけることは、従業員が取組方針を「腹落ち」する取組みとして有用です[6]。
なお、取組方針を企業文化(カルチャー)として根付かせるためにも、このような取組みは有益です。唐澤俊輔著『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2020年8月)80頁は、「ビジョン・ミッション・バリューは日々の意思決定や行動・言動に大きく影響し、それらが積み重なることによって、結果として組織に定着していくものがカルチャーになります。そういう意味で、カルチャーとは、ビジョン・ミッション・バリューというインプットの影響を強く受け、企業としての日々の活動を通して、アウトプットとして存在するもの、と言えます」と述べています[7]。これは、取組方針が企業文化(カルチャー)として根付く際にも参考になります。取組方針は日々の顧客本位の行動・言動を通して、企業文化(カルチャー)になります(下記図参照)。そして、企業文化(カルチャー)になれば、そこに属する人々は、取組方針の意義・重要性を自然と(無意識のうちに)認識し、取組方針を実践することにつながるという面もあると考えられます。
<図> (前掲『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』78頁の図を参考に筆者作成)
④ 「エピソードの共有」
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顧客に喜ばれた事例等のエピソードも、「顧客本位」と「行動」を結びつけるものであり、これを共有することは、従業員が取組方針を「腹落ち」し、「共鳴」につながるものとして、重要です。
なお、中原他・前掲注6『ダイアローグ 対話する組織』165頁は、「組織のメンバー一人ひとりが、組織の中で体験したこと、見聞きしたことを主体的に語り、意味づけていかない限り、組織文化は醸成されないし、共有されてもいかないということです」と述べていますが、上記のようなエピソードを語ることは、取組方針を企業文化(カルチャー)にする取組みとしても、有益であると考えます。
(「第7回」に続く)
[1] 佐宗邦威著『理念経営2.0─会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』(ダイヤモンド社、2023年5月)166頁は、理念の伝播には、「理念理解」(理念を理解している状態(理念を聞いたことがある。言葉を言える))、「理念共鳴」(理念に共鳴している状態(理念に自分の物語を重ねられる。人に説明できる))、「理念体現」(理念を自分ごと化し、行動に落とせている状態(理念を行動で体現できている))の3つの段階があるとしていますが、取組方針の実践にあたっても、この3つのプロセスが有効であると考えます。
[2] よく「浸透させる」という表現を用いますが、現場の従業員からすると、上(経営陣等)が無理やり浸透させてくるというような印象を持つことがあり、そうなると、取組方針はなかなか実践されません。いかに現場の従業員の「共感」を生むか、という観点が重要であると考えます。
[3] 中間管理者とは、経営陣と現場の従業員の間に位置する管理職のことを指します。具体的には、部長・課長などが該当します。
[4] 金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」(https://www.fsa.go.jp/news/30/dp/compliance_revised.pdf)5頁参照。
[5] 「対話」の意義については、拙稿「シリーズ“法学と経営学の交錯” 企業価値向上に貢献するガバナンスの在り方~「対話型ガバナンス」のすすめ~(その3)」(https://www.nozomisogo.gr.jp/newsletter/9492)を参照。
[6] 中原淳他著『ダイアローグ 対話する組織』(ダイヤモンド社、2009年2月)166頁は、「理念が日常的な行動と結び付くには、その内容について、自分なりに「腹に落ちて」いなければならないのです。そのためには、理念を言語された単なる情報として受け渡すのではなく、メンバー一人ひとりが「自分はこう考えている」とか、「自分の意見は少し違う」といった、主体的な姿勢で理念を意味づけていく機会をつくり出す必要があります。その起点となるのが「対話」なのです」と述べています。これは、取組方針を「腹落ち」する場合でも同様であると考えます。
[7] 株式会社リクルート HCソリューショングループ著『感じるマネジメント』(英治出版、2007年4月)48頁も、「理念浸透という目的が達成された状態というのは、どういう状態なのか。それは、その組織のすべての人々が、その理念と自分自身との「つながり」を見出し、行動を通じて表現している状態なのです」と述べており、「自分ごと化」や日々の行動・言動への落とし込みが重要です。