2018.08.16
米国訴訟『ディスカバリ』日本企業はここから取り組もう
のぞみ総合法律事務所
弁護士 結城大輔
(現在、米国ニューヨークのローファーム Moses & Singer にて執務中)
「ディスカバリ」「E ディスカバリ」
皆さんは、これらの言葉を聞いたことがあるでしょうか。
それぞれ、「米国の裁判における強力な証拠開示制度」「電子データについての証拠開示制度」ということになりますが、実は、アメリカの民事訴訟ではここ数年、このディスカバリが非常に大きな問題としてしばしば取り上げられています。何が問題かというと、一番は「莫大なコスト」です。それも弁護士費用がそのうちの大半を占めていたりするのが、いかにもアメリカらしい話です。
今日は、日本企業としてこの点だけは押さえておいた方がよいという「ディスカバリ」への対策のポイントを取り上げます。特に、「Eディスカバリ」への備えの有無は、米国訴訟に臨む際に、丸腰か帯刀かというレベルの差があります。
でも、「日本の訴訟にだって備えてないのに米国訴訟にまで備えてられるか」、「そんな予算と暇がどこにあるんだ」といった声も聞こえてきそうです。ただ、実は、ちょっとした対策をしておくだけでも、万が一訴訟となったときのコストが桁違いに削減できるというポイントがあるので、そのあたりもご紹介したいと思います。
米国訴訟への備え
そもそも、日本企業は、米国での訴訟にどの程度備えておくべきなのでしょうか。
これについての私の考えは、「米国と何らかのビジネス上のかかわりのある企業であれば、程度の差はあれ、備えは必要」というものです。
日本企業でも、例えば自動車やコンピュータの会社のように、現にアメリカでしばしば訴訟を起こされている企業であれば、アメリカ企業と変わらぬ準備を実際になさっていることと思います。ただ、それ以外でも、1米国の企業や消費者と取引がある場合や、2米国内にビジネス上の拠点がある場合であれば、米国内で訴訟を起こされる可能性があるので、何らかの備えを考えておくことは必須です。また、3米国に現地法人を設立している場合、日本の親会社が米国で訴えられる可能性は減るでしょうが、原告は、「ポケットの深い(deep pocket)」日本の親会社も、何らかの理屈を立てて被告に含めようとしてきますので、最低限の知識と備えは必要になります。
日本企業は、これまで米国で、何度も巨額の賠償を余儀なくされてきました。著名な例として、1999年にテキサス州連邦地裁で訴訟を提起されたT社の件があります。原告はT社パソコンのフロッピーディスクが、状況によってはデータが失われる可能性があるとして提訴したものですが、提訴から約7か月後の同年10月には、T社が、和解金相当約21億ドル、それに何と原告の弁護士費用として1億4750万ドルを支払うという大変巨額の和解案を受け入れることになりました。驚くべきことに本件では実際にはデータ紛失が1件も起きていなかったにもかかわらず、T社がこのような和解を受け入れざるを得なかった大きな理由の1つが、今回取り上げる「ディスカバリ」にあったと私は考えています。ポイントは、ディスカバリ自体の莫大なコスト(費用面)と、ディスカバリにより相手方の手にわたる証拠の恐ろしさ(実質面)の2点です。
そもそも「ディスカバリ」「Eディスカバリ」とは
「ディスカバリ」とは、米国民事訴訟において、トライアル(本審理)に移行する前のプレトライアル段階で、相手方当事者に対し、関連情報や資料を開示したり、開示を要求したり、証言録取(デポジション)を行ったりする手続のことをいいます。「プレトライアル」という名前からは、“本番前の小競り合い”のような印象を抱かれるかもしれませんが、トライアルまで進む案件は約1%というデータもあるとおり(出典 : http://www.uscourts.gov/Statistics.aspx)、実はこのプレトライアルでのディスカバリこそ、米国訴訟での前半戦の勝負のヤマ場ということができます。
米国の民事訴訟が日本と大きく異なるのは、ディスカバリによって相手方の手持ち証拠に徹底して迫れるという点です。ディスカバリにおける文書等の開示要求によって、訴訟に関連する証拠は、弁護士依頼者秘匿特権により開示を免れる弁護士とのやりとり以外は、原則としてすべて相手方から入手することができます。また、証言録取によって、相手方の関連証人に対しても徹底した尋問が可能です(例えば、基本的に、関係者10人、1人につき7時間ずつ尋問をすることができます。日本の証人尋問とは全く違うと考えなければなりません)。しかも、証拠を隠したり、削除したりすると、訴訟費用負担、訴訟活動制限、刑事罰、敗訴等、各種の強烈なペナルティが課されます。日本の訴訟で、相手方の手持ち証拠が入手できず、またごく限られた時間と人数の反対尋問がなかなか奏功しないもどかしさを何度も経験した私は、この違いに衝撃を受けました。
そして、「Eディスカバリ」、すなわち電子情報のディスカバリは、上記のディスカバリの作業負担を莫大なものにしています。中でも大きな意味を持つのが電子メールです。社内の関連当事者全員について、訴訟に関連する可能性のあるすべての電子メールを適切に保存した上で、担当弁護士が、案件と関連するか、また、関連するとしても秘匿特権で不開示とできるかを検討した上で、原則としてはこれらすべてを相手方に開示しなければなりません。
電子メールは、特に対策なく保存されていると、その量はハンパなものではなくなっているはずです。皆さんは1日何件のメールをやりとりしているでしょうか。もし1日送受信200件だとすると1か月20日間働いたとして4000件、1年間で4万8000件です。もし10年間分のメールが保存されていて、その案件に関連する当事者が社内に30人いたら、弁護士は一体何件のメールをチェックすることになるでしょうか。
上述のT社事件の和解で、提訴からわずか7か月程度で弁護士費用が100億円を大きく超えた理由の1つが、多くの電子データ(それも日本語からの翻訳が必要なものも多く含まれていました)の分析にあったことが分かっています。
費用のみならず、電子メールは内容面でも大きな影響を持ちます。正式な業務文書とは異なり、電子メールは、ちょっとした会話のような率直なやりとりが含まれることが多いのです。日本企業の場合、ただでさえ、文書やメールを作成・やりとりする際に、後に訴訟の相手方に原則として開示しなければならないことを考慮したりなどしていませんので、相手方からすると「宝の山」状態になっている可能性が高いのです。かといって、メールを削除したりすると、結局は、相手方による分析の結果、あるはずのメールがないことが判明し、データ復元を要求されて、莫大な費用がかかった上に、重大なペナルティを課される・・・こういった最悪のストーリーをたどることになります。前述のT社の場合も、同社プレスリリースによれば、万が一敗訴すれば経営に重大な影響をもたらす巨額の賠償が命じられる可能性があるため、和解を受け入れざるを得なかったとされていますが、ディスカバリによりT社の内部資料もすべて原告側の手に渡ったことが和解受入れに至った1つの理由なのではないかと推測しているところです。
まずはここから取り組もう
実際に訴訟を提起された、あるいは提起した場合に、可能な限り費用を削減して、効率よく「ディスカバリ」「Eディスカバリ」を進めることができる有事対応のポイントがいくつかあります。これについては機を改めてご紹介するとして(有事の際に何が起きるかを把握するのはもちろん大変重要です)、今日は、日本企業の皆さん、特に、これまで米国訴訟については特別な準備をしていない、あるいは経営陣もそこまで優先的には対策を考えていないという会社に押さえておいていただきたいポイントを紹介します。
ディスカバリ・Eディスカバリは、何らの備えなく訴訟に突入してしまうと、上記のとおり、莫大なメールの処理に高額の弁護士費用を払い、有利な証拠はすべて相手方に読まれるといった、散々な目に遭うリスクが高い、大変危険な制度です。相手方の米国企業・当事者はこのことを当然のように熟知していますから、日本企業が何も知らずに訴訟に巻き込まれるのは、まさに、丸腰で戦場に臨むようなものです。
しかし、逆に、少しでも準備をしておけば、コストを大きく抑えられたり、相手方より有利にディスカバリを進めた上で、訴訟の序盤段階で、相手方を不利な和解に追い込む有効な武器とすることすらできるのです。具体的に、最も安いコストで、最も大きな効果を生み出すためには、以下の3点「PLL」を意識してみてください。
- 文書・電子データの管理・保存規則を整備する(PolicyのP)
- 弁護士を確保しておく(LawyerのL)
- 訴訟に対する考え方を改める(LitigationのL)
(1)P:Policyを考えてみる
米国企業は「ドキュメント・リテンション・ポリシー」の整備を重点課題として取り組んでいます。これは、日本でいう「文書管理規則」にあたります。「なんだ、文書規程くらいうちにもあるよ」と思われたかもしれませんが、最も取っつき易いポイントは、
「ディスカバリを意識して、特に電子メールに関し、無駄なものは残さない」
ということです。電子メール特有のルールは備えていますか?
すなわち、ディスカバリが始まると、先ほど少し触れたとおり、関連する人の電子メールについて、訴訟内容との関連性や、弁護士依頼者秘匿特権により相手方に非開示とできるか等について検討する作業のために、弁護士費用を始めとする莫大なコストが発生します。もちろん、ベンダーと呼ばれるディスカバリサポート業者やソフトウェアの検索機能の利用によって、高額の弁護士の作業を減らすなど、ある程度効率化はできるものの、それでも多くの費用がかかることに変わりはありません。しかも、もしも何年(場合によっては10年以上も)メールが残っていたりすると、もうこれは悲劇です。
この点、米国企業の場合、例えば、6か月で電子メールは自動的に削除される扱いとした上で、重要なものは書類の形態として保存するなどの工夫をしています。つまり、「文書管理規則」といいながらそれは「文書削除規則」でもあるのです。
もちろん、メールを自動的に削除する扱いは、業務遂行上の便宜という観点とは相反する面もあるため、日本企業がどこまでこのような扱いを実践するかはその企業における米国ビジネスの位置付け等に応じケースバイケースではありますが、少なくとも、無駄なメールを大量に保管しておくことは百害あって一利なしですので、電子メールの保存や削除に関して見直すべき部分がないか、一度ご検討いただければと思います。この検討自体はそれほど高額の費用を要するものではないのですが、この検討をしているかどうかだけで、万が一の場合のコストがまったく変わってきます。
アメリカ企業においても、当然ながら「メールを削除するなんて不便なことは断固反対」という営業サイドとの対立は強く、その中で訴訟リスクをどこまで考慮するか、各社が取り組んでいます。日本企業においても参考になる情報が多く存在しているのです。
(2)L:Lawyerとの関係構築に取り組む
これは読んでのとおり少し宣伝でもあるのですが(笑)、日頃から、いざ訴訟となったときに相談できる弁護士との信頼関係を構築しておくことはやはり重要です。というのも、訴訟となってから慌てて弁護士を探し、それから初めてディスカバリについての各種対応を始めるのは、事実上不可能といってよいほど、大変な作業だからです。もしも、上述の(1)の対応をとるのが難しい場合でも、せめて弁護士に連絡できる体制だけでも作り上げておけば、第一歩を適切に踏み出すことができるでしょう。
必ずしも、顧問料を払う必要があるとか、具体的に何か仕事を依頼する必要があるとは思っていません。重要なのは、いざというときにすぐに信頼して動ける弁護士がいないと、訴訟のスタートから出遅れて、どんどん不利な状況に陥っていく、ということなのです。特に、日本の訴訟と違って、社内のあらゆる関連証拠をすべて徹底的に弁護士に見せなければならない米国訴訟では、新たに知り合った弁護士とスムーズな関係を築くことは、非常に難しい作業なのです(日本の訴訟で、自社の弁護士に対して関連する不利な証拠を示さなかったという経験はありませんか。でも、米国訴訟ではこれはあり得ないのです。)。
私も、各種セミナーや勉強会を通じて、日本企業の皆さんにこの関係の情報を発信させていただいていますが、社内で法務部や役員を対象とした勉強会を行って情報入手を兼ねながら関係を構築していくのも一つの進め方かと思っています。必ずしも予算をかけて何かをしておくべきというものではなく、日頃から弁護士・法律事務所とこまめに連絡を取り合う関係を作っておくだけで、いざというときの連絡・対応の速度ややり易さは格段に変わります。
(3)L:“Litigation”と“裁判”との違い
最後に1つ重要なのは、社内で、米国訴訟に関する意識を改めておくことです。上記ディスカバリに関する知識もそうなのですが、私がもう1つ強調したいのは、
「米国訴訟は、決して交渉決裂後にとことん戦う場ではない」
ということなのです。
日本で“裁判”というと、交渉決裂後にとことん戦う場というイメージが強いのではないでしょうか。アメリカではむしろ、
「訴訟も交渉の一場面」
なのです。一方では訴訟に持ち込みながら、他方ではビジネス関係が続いている、などということも決して珍しくありません。そして、前述のとおり、訴訟になってもそのほぼ全ては判決までいかず、法廷でのトライアルへすら進みません。すなわち、すべては和解するわけです。したがって、ポイントは、自ずから、訴訟の中で、どのタイミングで和解するのが最も有利かということになるのです。
訴訟にかかる弁護士費用等のコストが高額なことを考えると、訴訟の早い時点で相手方に対し、強い立場で和解を迫ることができればベストなわけです。単純に訴訟手続を進めるのではなく、常に、「今和解するとしたら、いくらなら当社に有利か。相手方はどう考えているか」を意識し、最も有利になるように和解交渉を行う必要があります。
ディスカバリについても、ぜひこのような文脈でとらえてみてほしいのです。相手方当事者が迅速なディスカバリ対策を取りきれていない中、こちら側がディスカバリを的確にリードすることができれば。そして、相手方に不利な証拠を得ながら、こちらからはそのようなものが相手方に渡らないようにすることができれば、和解交渉において非常に有利な立場に立つことができます。その上で、なるべく早い時点でこのような「攻めの和解交渉」を行うことができればベストです。
以上
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