2020.03.23
新型コロナウイルスの流行と英文契約における不可抗力(Force Majeure)条項
2020年2月28日
新型コロナウイルスの流行と英文契約における不可抗力(Force Majeure)条項
のぞみ総合法律事務所
(ロサンゼルスオフィス)
弁護士・カリフォルニア州弁護士
若松 大介
1.はじめに
新型コロナウイルスの感染拡大が国内外の経済活動に与える影響が益々深刻になっています。工場の操業停止によるサプライチェーンへの影響、停止まではいかなくとも、感染した従業員や濃厚接触者となった従業員の増加による操業への影響の拡大も懸念されています。中国では、中国国際貿易促進委員会が企業に対し不可抗力に関する証明書を発行しており、感染拡大を理由とした不可抗力条項の適用を主張する企業が増えているようですが、今後、対中国取引に限らず、国際取引において、日本企業が契約相手から不可抗力条項の適用を主張されるケース、逆に不可抗力条項の適用の主張を検討しなければならないケースが増えてくることが想定されます。本稿では、ほとんどの英文契約に含まれている不可抗力(Force Majeure)条項の内容、及びその適用にあたって検討すべき事項を解説していきます。
2.不可抗力(Force Majeure)条項とは
不可抗力条項は、英語ではForce Majeure(フォース・マジュール)と呼ばれます。日本法上、契約上の義務の不履行責任については、債務者の故意又は過失があることが条件となりますが、英米法では、原則として、契約違反責任を問うのに故意・過失の要件は求められません。当事者が予見していなかった事態の発生が生じた場合の救済として、判例法上認められてきた、目的達成不能(Frustration)、履行不能(Impossibility)、履行困難(Impracticability)といった法理に基づいて契約上の義務を免れる余地はありますが、これらの適用範囲は広くなく、その適用可能性について裁判所の解釈に委ねられることとなります。こうした法的不安定性を避けるため、ほとんどの英文契約では、不可抗力条項において、当事者のコントロールの及ばない事由が発生した場合のリスクをどう当事者間で分担するか(どのような場合に影響を受けた当事者が契約上の義務の履行から免れるか)が規定されています。多くの英文契約が、英米法に基づいて書かれた契約をベースにして作られていることから、日本法や、その他大陸法系の国など上記の英米法の議論が当てはまらない国の法律を準拠法として選択している英文契約でもしばしばこの不可抗力条項が含まれていますが、その場合も、強硬法規や解釈に関する裁判例の影響は受けつつも、基本的には、私的自治・契約自由の観点から、契約上具体的にどう書かれているかを基にして不可抗力事由の発生を理由とする免責の可否が検討されることとなります。
契約の種類や業界ごとの違いなどによって、契約に含まれる不可抗力条項も、極めてシンプルなものから不可抗力事由や除外事由を多数列挙した長文のものまで様々ですが、多くの不可抗力条項は、基本的に以下の内容で構成されています。
- 契約上の義務の不履行・遅滞が、「不可抗力事由」に起因して発生したこと。
- 不可抗力事由により影響を受ける当事者が、その発生から一定期間内に、相手方に対して、定められた内容(不可抗力事由の継続が予想される期間など)の通知を行うこと。
- 影響を受ける当事者は、不履行・遅滞を解消するため、またその影響を最小化するために合理的な努力を行うこと。
- [通知から一定期間以内に不履行又は遅延が解消されない場合、契約の解除権が発生すること。]
「不可抗力事由」については、通常、地震や洪水などの自然災害、戦争、テロ、行政命令や法改正、ストライキなどが列挙されています。こうした事由の列挙が、『これらに事由の場合にのみ適用される』という形の限定列挙とされている場合、又は「acts beyond the impacted party’s reasonable control, including…」といったような形で例示列挙とされている場合があります。条項全体の書きぶりにもよりますが、少なくとも列挙されている事由については、それが契約時に当事者間で予見可能なものであったかどうかは不可抗力条項の適用の要件とはならないものと解釈されるのが通常です。ただし、具体的に列挙されていない事由を前提として、「当事者の合理的なコントロールを超える事由」が発生したと主張する場合、その判断において裁判所が、当該事由の発生が当事者において予見可能であったかを考慮する可能性があります(予見されていたにもかかわらず、それをあえて列挙しなかったのは、当事者が当該事由を不可抗力事由として扱わないという意図であったと解釈される可能性があります)。また、具体的に列挙されていない事由が不可抗力事由に該当するか否かを判断するに際して、列挙事由に類似する事由に限定すると解釈される可能性もあります。自分が不可抗力条項を主張する可能性が高い方の当事者である場合には、上記のような形で自己に不利な解釈がなされる可能性を下げるため、条項の意図をなるべく明確化したほうがよいといえます。
現状、不可抗力事由として感染病の流行などが明記されている契約はあまり多くないようです。したがって、新型コロナウイルスの流行に起因する不可抗力事由の発生を主張する場合、列挙されていない「当事者の合理的なコントロールを超えた事由」として主張するのか、又は、新型コロナウイルスの流行を原因としてなされた政府の命令等に基づく工場の操業停止や渡航禁止などを、不可抗力条項内に列挙されていることが多い「政府による命令又は法令(action by governmental action)」に該当するとして主張するのかを検討することとなる場合が多いのではないかと思われます。
ただし、こうした事由の発生によって契約義務の履行が不可能となった、又は遅延せざるを得なくなったと言えるかについては、因果関係の程度や、実際に履行が「できなくなった」と言えるのかについては、不可抗力事由の発生の有無以上に個別の事情に応じた難しい判断が必要となります。ウイルスの流行により、調達コストが上昇したといった理由(逆に言えば、コストは上がったものの履行はできなくはない)で、この要件が認められる可能性はあまり高くないものと思われます。また、安易に不可抗力事由の発生を理由として履行を拒絶したものの、結果的に不可抗力条項の適用が認めらなかった場合には、契約義務からの免責が認められず、損害賠償等の債務不履行責任を負う可能性があることにも注意が必要です。
加えて、忘れてはならないのが、②の努力義務、③の通知義務を条項の規定に則って履行することです。特に②については、何をもって努力義務が果たされたと言えるのかについて、こちらも個別の事情に応じて、契約通りの履行を行うための代替方法がないか、影響を最小化するために何ができるか、どの程度まで行うのが妥当か、慎重な検討が必要となります。
3.新型コロナウイルス流行を理由とする不可抗力条項の適用可否の検討・今後締結する契約における不可抗力条項の交渉について
既存の契約における不可抗力条項の適用を検討するにあたっては、まずは当該契約の不可抗力条項がどのような規定となっているのか、上記2.で説明したような観点から、その文言を慎重に検討する必要があります。その上で、何をもって不可抗力事由と構成するべきか等のあてはめを検討していくこととなります。不可抗力事由の該当性判断においては、政府による命令その他強制的な措置はまだ出されていないものの、企業の方で自主的に従業員の出勤を止める、工場の稼働を下げる、といった措置を取ったことで履行ができなくなったような場合には、政府の命令等によりこれらを行う場合に比べて、不可抗力条項の適用の主張の難易度は上がるものと思われます。
不可抗力事由となるような事由が発生する可能性が高まってきた場合には、早期の段階で不可抗力条項において必要とされる通知、努力義務の検討・対応準備を始め、実際に不可抗力条項に基づく免責の主張が必要となった場合に速やかに対応を開始できるよう備えておくべきです。また、契約にて選択されている準拠法の法域における類似ケースの裁判例の検討も重要となります。
これから新たに契約を結ぶ場合については、新型コロナウイルスの流行による影響はもはや予見可能な問題であると言えますので、このリスクとの関係での不可抗力条項の意義は、すでに予見されているリスクをどう当事者間で割り振るかというものとなります。したがって、不可抗力事由として列挙されるものに、global (or local) health emergency、pandemic、epidemicといった事項を明記するとともに、可能かつ適切な場合には、これらの問題の発生によって具体的にどのような事態が発生した場合(例えばですが、政府が一定の行動をとった場合のみを対象とするなど)をもって不可抗力事由とするのかをさらに具体的に明記することも考えられます。加えて、前述の通り、列挙された事由には原則として予見可能性は問わず不可抗力事由として取り扱われるものと裁判所が判断する可能性は高いとはいえ、予見可能性が不可抗力事由の発生の認定に影響を与えないことを条項中に明記する(例えば、「whether the occurrence of such event(s) were foreseeable as of the date of this Agreement」といった一文を加えるなど)ことも考えられます。
もっとも、今回のように当事者が具体的に認識しておりそれへの対策が必須となっているリスクについては、不可抗力条項でカバーするのではなく、別個の独立した条項を設けて、ウイルスの流行により生じうる様々なケースを具体的に想定して、それぞれの場合の対応・リスク配分を具体的に合意しておく方がより適切である場合も多いと思われます。
いずれにしても、不可抗力条項を適用するのは「最後の手段」であり、かかる事態に至る前に当事者間で協議し、最も双方にとって被害の少ない対応を合意すべきであることはいうまでもありません。
今後、温暖化等の影響により、今回のような新型感染病の世界的流行が再び発生する可能性は高まることはあっても下がることはないように思われますので、そうした将来に備えて既存の契約の見直し等に取り掛かることも重要であると考えます。
<筆者略歴>
若松 大介(わかまつ だいすけ)
のぞみ総合法律事務所 ロサンゼルスオフィス所長
2006年一橋大学卒業、2007年弁護士登録。東京での外資系大手法律事務所勤務を経て、2014年米国UCLAロースクール(LL.M.)卒業、2015年カリフォルニア州弁護士登録。2018年より、のぞみ総合法律事務所ロサンゼルスオフィスにて、それまでの総合商社の東京本社法務部での出向、米国の日系企業子会社でのインハウス経験も生かしながら、米国その他海外におけるM&AやJV案件、国際取引契約、コンプライアンス等の分野にて、様々な業種の日本企業を支援している。
<のぞみ総合法律事務所ロサンゼルスオフィスの紹介>
のぞみ総合法律事務所ロサンゼルスオフィス(英語名称:Nozomi Los Angeles Law Office、所長:若松大介)は、2018年3月の開設以来、東京事務所の結城大輔弁護士率いる国際チームと連携し、米国をはじめとする海外各国におけるM&Aやジョイントベンチャーその他の取引・契約案件や、米国での紛争対応、子会社管理などの幅広い分野において、必要に応じて各専門分野における米国その他海外法律事務所と緊密に連携しながら、日本企業の支援を行っております。
2020年2月28日
株式会社インテ