2020.07.01

公益通報者保護法の改正

のぞみ総合法律事務所
弁護士 川西 拓人

 令和268日、公益通報者保護法の一部を改正する法律が可決され、その後、同月12日に公布されました。改正法は、公布の日から2年を超えない範囲で、政令で定める日から施行されます。以下、主な改正内容を解説しますが、ご不明点や本件に関するご質問等がございましたら、お問い合わせフォーム(https://www.nozomisogo.gr.jp/contact)までご連絡ください。

1 公益通報者保護法の課題と改正の背景

 平成18年に公益通報者保護法が施行され、上場企業を含む大企業では内部通報制度の整備が進んだものの、中小企業での制度整備は未だ不十分であり、また、大企業においても近年、内部通報制度が機能せず社会問題化する大規模不祥事が後を絶たず、さらに、内部通報者に対して不利益な取扱いが行われ、制度の信頼性を害する事例が発生し、公益通報者保護制度の実効性の向上が課題となっていました。
 法の枠組みについても、適用範囲が狭く、保護対象となる要件が厳しすぎるのではないかとの問題意識があるとともに、保護対象となった通報についても、民事裁判を通じた解決しか望めない民事的な効果だけでは不利益取扱いを抑止するために不十分ではないか、との問題意識がありました。

2 改正の概要

 上記の課題、問題意識を受けて、今般の法改正が行われました。今般の法改正のポイントは以下の3つです。

✓ 事業者自ら不正を是正しやすくするとともに、安心して通報を行いやすくする目的での改正
✓ 行政機関等への通報を行いやすくする目的での改正
✓ 通報者がより保護されやすくする目的での改正

【消費者庁:公益通報者保護法の一部を改正する法律案[1]

 

3 事業者自ら不正を是正しやすくするとともに、安心して通報を行いやすくする目的での改正について

 (1)事業者の義務

 本改正では、事業者に対し、

  • 内部通報の受付業務、通報対象事実の調査業務及び是正に必要な措置をとる業務に従事する者(以下「公益通報対応業務従事者」といいます。)を定める義務
  • 内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備等の義務

 が課されました(改正法第11条第1項及び第2項)。なお、これらは、従業員数が300人以下の中小事業者では努力義務とされています。
 「内部通報に適切に対応するために必要な体制」の具体的な内容については、今後、内閣総理大臣が、消費者委員会の意見を聴いたうえ作成する「指針」で定められます。指針の内容としては、内部通報受付窓口の設置や組織内での周知、通報者が特定可能な情報の共有を必要最小限とする運用、不利益取扱いを禁止する運用が機能するような体制の整備等が予測されます。事業者においては、指針を受けて、自身の内部通報制度の見直しが必要となります。

 (2)行政措置の導入

 事業者が上記の義務を果たさない場合の実効性確保のため、行政措置(助言・指導、勧告及び勧告に従わない場合の公表)が導入されています(改正法第15条、第16条)。

 (3)守秘義務と刑事罰の導入

 さらに、本改正では、公益通報対応業務従事者(公益通報対応業務従事者であった者を含みます。)に対し通報者を特定させる情報を正当な理由がなく漏洩してはならない旨の守秘義務を課すとともに(改正法第12条)、これに違反した場合、刑事罰(30万円以下の罰金)が科されることとなりました(改正法第21条)。
 内部通報への対応において、担当者は必然的に通報者を特定させる情報を取り扱うこととなり、実務的には、どのような場合に守秘義務が免除される「正当な理由」に該当するのかは極めて重要です。今後、「正当な理由」の考え方が消費者庁等から示されるものと予測されますが[2]事業者においては、かかる資料を踏まえ、これまでの通報対応フローが守秘義務違反を十分防止できるものとなっているか、再点検が必要です。

4 行政機関等への通報を行いやすくする目的での改正について

 (1)行政機関への通報の保護要件の緩和

 現行法では、行政機関への通報(2号通報)について「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合」(以下「真実相当性」といいます。)との要件が求められており、通報者にとって行政機関への通報のハードルが高いのではないか、との課題がありました。
 改正法では、通報者が自身の氏名等を記載した書面を提出する場合には、真実相当性の要件を求めず、「通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると思料」することで足りることとされました(改正法第3条第2号)。

 (2)報道機関への通報の保護の拡大

 報道機関等への通報(3号通報)についても、現行法では、個人の生命・身体に対する危害が発生する又は発生する急迫した危険があると信じるに足りる相当の理由が存在することが保護要件とされていましたが、財産に対する損害(回復困難又は重大なもの)に関する通報についても、保護対象となりました(改正法3条3号ヘ)。
 また、報道機関等への通報(3号通報)については、内部通報をした場合、通報者を特定させる情報が漏れる可能性が高い場合の通報についても、新たに保護の対象とされました(改正法3条3号イ)。

5 通報者がより保護されやすくする目的での改正

 (1)保護される通報者の範囲の拡大 

 公益通報者として保護される者の範囲に、現役の労働者、派遣労働者のみならず、退職者(退職後1年以内に限ります。)も含むこととなりました(改正法第2条第11号)。筆者の経験では、現行法のもとでの内部通報制度において、退職者を制度利用者に含めていない例が見られました。改正法のもとでは、退職者も制度利用者に含めることが必須となります。
 また、改正法では、役員(取締役、執行役、会計参与、監査役、理事、監事等)についても、保護される通報者に追加されました(改正法第2条第1項)。ただし、役員が公益通報(2号通報、3号通報)を理由に解任された場合の事業者への損害賠償請求の要件としては、通報に先立って、調査是正措置(通報対象事実の調査及び是正のために必要な措置)を取ることに努めたことが要件とされています。

 (2)保護される通報の範囲の拡大

 現行法の下では、通報対象となる事実の範囲が法の別表に掲げられた法律に規定する犯罪行為の事実に限定されていたところ、行政罰(過料)の対象となる事実も追加されました(改正法第2条第3項)。

 (3)損害賠償責任の免除

 改正法においては、事業者は、公益通報によって損害を受けたことを理由として、公益通報者に対して損害賠償請求を行うことができないこととされました(改正法第7条)。
 現行法においても、禁止対象となる「不利益な取扱い」の内容に損害賠償請求は含まれると解されていましたが、改正法により、不利益取扱いから保護される要件を満たしている限り、通報したことを理由に損害賠償責任を負わないことが明らかにされたものです。

6 まとめ

 以上のとおり、今般の公益通報者保護法改正では、事業者において業務フローの見直しや再点検が必要となる項目が数多く設けられています。内部通報制度はコンプライアンス・不祥事防止の「最後の砦」として、ますます重要な意味を持つことが予想されます。改正法の施行まで2年の期間はありますが、早期に体制整備に着手することが望ましいものと考えます。

以上


[1] https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_200615_0001.pdf

[2] 改正法附帯決議において、「正当な理由」については、事業者がとるべき措置に関して考え方を明らかにすることが求められています。

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