2023.01.19
近日中に制定が見込まれるステマ規制ルールについて~「ステルスマーケティングに関する検討会報告書」の概要~
のぞみ総合法律事務所
弁護士 山田 瞳
1 はじめに
近年拡大の著しいデジタル広告市場のうち特にSNS広告においては、いわゆるステルスマーケティング(以下「ステマ」といいます。)の問題が顕在化しており、2017(平成29)年2月には、日本弁護士連合会の「ステルスマーケティングの規制に関する意見書」[1](以下「日弁連意見書」といいます。)において、不当景品類及び不当表示防止法(以下「景表法」といいます。)に基づくステマ規制の必要性が指摘されましたが、規制法令は制定されないまま今日に至っていました。
2022(令和4)年9月に消費者庁に置かれた「ステルスマーケティングに関する検討会」(以下「検討会」といいます。)[2]は、短期集中開催による検討・議論の結果[3]、同年12月28日に報告書を公表しました(以下、この最終報告書を「報告書」といいます。)。報告書では、景表法に基づきステマを早急にかつ実効的に規制する必要性が明言されたほか、規制の対象・手段・具体的態様などについてもある程度踏み込んだ提言がなされました。
これを受け、現在、消費者庁では、当該提言に則った方法によるステマ規制に向けて必要な手続の準備をしていると考えられ、2023年中にも、景表法に基づく新たなステマ規制ルールが制定されると見込まれます。
そのため、現時点で報告書におけるステマ規制の考え方を理解しておくことには、近日中に制定されるステマ規制ルールの内容を先取りして把握することにつながり、広告主である企業においては、より早期に当該ルールの施行に備えることができるメリットがあります。このような見地から、以下では、報告書の概要について、ご説明します。
2 ステマ規制を早急に行う必要性(報告書25ないし28ページ)
検討会では、広告主が、実際には自己の広告であるにもかかわらず、広告であることを隠す行為をステマと定義づけて議論してきました。
報告書では、このような行為は、実際は、広告主の表示であるにもかかわらず、一般消費者は広告であるとは認識しないという点で、一般消費者に誤認を与える行為であるとされています。また、経験則上、表示に接する一般消費者は、広告であると分かっていれば、そこにはある程度の誇張・誇大が含まれていると受け止めるのに、広告であることが分からないと、中立的な第三者による表示であると受け止めてしまうため、「広告にある程度の誇張・誇大が含まれること」を考慮に入れず、広告であることが分かっていれば抱く警戒心を何ら抱かなくなってしまうことになります。そして、上記のような誤認を与える行為は、一般消費者が商品・サービスを自主的かつ合理的に選択する利益を害し、「一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれのある行為」を規制する景表法の目的(同法1条)に反することから、同法によって規制する必要性があると指摘しています。しかも、既にステマ規制を実施している諸外国に比して周回遅れとなっている日本の現状[4]からすると、消費者保護のために早急な規制を要するとされました。
3 ステマ規制の対象とすべきものについて(報告書22ないし25ページ、31ぺージ)
報告書では、今般の規制によって対象とすべきステマ行為の大枠について次のように示されました。
- 優良誤認表示・有利誤認表示に該当しないもの
広告主が、実際には自己の広告であるにもかかわらず、広告であることを隠す行為であっても、表示に優良誤認表示や有利誤認表示がある場合は、現行の景表法の5条1号又は2号によって対処できるため、新たに規制が必要とされるステマとは、「優良誤認表示、有利誤認表示のどちらにも該当しない表示」である。
- 対象とする表示媒体の範囲には限定がない
具体的に問題が生じている媒体がインターネット表示であるとしても、あらゆる表示媒体を規制する表示規制の一般法である景表法の性質に鑑み、規制対象となる表示(媒体)の範囲は、インターネット表示に限定されず、全ての媒体を対象とすべき。
4 規制の手段は景表法5条3号に基づく告示の追加によること(報告書29及び30ページ)
ステマ規制を早急に行う必要性から、手続に時間を要する景表法という法律の改正によるのではなく、景表法5条3号の規定[5]に基づいて内閣総理大臣が告示により指定するもの(以下「指定告示」といいます。)で[6]、新たにステマ規制を追加すべきとされました。
指定告示による場合は、消費者庁で指定告示案を作成の上、景表法6条の規定[7]により、公聴会を開いて関係事業者や一般の意見を求め、消費者委員会の意見を聴くという手続を履践すれば、比較的短期間で新たな規制ルールを設けることができます。
なお、この場合、景表法5条3号の規定に該当する不当表示は課徴金納付命令の対象にはなっていないため(景表法8条1項柱書)、指定告示によるステマ規制への違反行為に対しては、措置命令という行政処分のみで(同法7条1項柱書)、課徴金納付命令を下すことはできません。課徴金納付命令の対象とするかどうかについては将来の検討課題とされました。
5 規制すべき具体的行為態様(報告書28、29及び37ぺージ)
⑴ ステマ規制に係る指定告示の具体案
新たに追加するステマ規制の指定告示の具体案として、次のとおり提示されました。
特にインターネット上で行われやすいステマについては技術進歩も早いため、規制する表示の態様をあまり具体的に定めると、すぐに規制が陳腐化して、新たな態様によるものに対応できなくなるおそれなどから、包括的な規定案が提示されました。
この指定告示案は、対象となる表示が誰の表示であるかについて、①では【実際】を、また、②では【表示上の見え方】を定めたものです。つまり、もう少しかみ砕いて説明すると、この指定告示案は、
① 【実際には】事業者が(その商品・サービスの取引について)行う表示であるにもかかわら
ず、(ここでは、「①事業者表示の実際要件」といいます。)
② 【その表示上の見え方としては】、一般消費者が、事業者が行う表示であることを判別するこ
とが困難である(ここでは、「②判別困難な表示要件」といいます。)表示
をステマとして禁止するものです。
①事業者表示の実際要件について、日弁連意見書や検討会の一部の委員の意見では、事業者の商品・サービス(の取引)の評価にプラスに働く、これらを推奨する内容の表示に限定して規制することが提言されましたが、報告書の告示案では、推奨するか否かを問わないとされました。
⑵ ステマ規制に係る指定告示の運用基準案
指定告示案が包括的規定とすべきとされたこととの平仄から、規制に対する事業者の予見可能性を高めるため、運用基準を設け、指定告示についての当局の具体的な考え方を示すべきとされました(報告書32ページ)。また、運用基準の方向性として、次のとおり、指定告示案の①事業者表示の実際要件と②判別困難な表示要件の各判断についての考え方の案が示されました。
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- ①事業者表示の実際要件の判断についての考え方の方向性
事業者が表示を自ら行うほか「表示内容の決定に関与した」といえるときは、「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示」(事業者の表示)となる(①事業者表示の実際要件を満たす)とされました[8]。
ステマには、その表示を、事業者があたかも利害関係のない第三者が表示を作成しているようにふるまって自ら行う場合(日弁連意見書で「なりすまし型」とされているもの)と、関係性のある第三者をして行わせる場合(主に日弁連意見書で「利益提供秘匿型」とされているもの)があるため、これらの場合分けにより、具体的にどのような場合に「表示内容の決定に関与した」といえるかが示されています(報告書38ないし42ページ)。- 事業者が自ら行う表示(≒「なりすまし型」)
例えば、広告主である事業者の従業員やそのグループ会社の従業員が行った当該事業者の商品・サービスに関する表示が挙げられます。
この場合に、事業者が「表示内容の決定に関与した」といえるかは、
✓ 当該従業員の地位(当該商品・サービスの販売促進が必要とされる立場か)
✓ 権限(他の従業員に表示を指示できる立場にあるか)
✓ 担当業務(当該商品・サービスの販売促進を担当しているか)
✓ 表示目的(当該表示が当該商品・サービスの販売の促進を目的としたものか)
などの実態を総合的に考慮するとされました。
- 事業者が自ら行う表示(≒「なりすまし型」)
- ①事業者表示の実際要件の判断についての考え方の方向性
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- 事業者が第三者をして行わせる表示(≒「利益提供秘匿型」)
例えば、著名人、インフルエンサー、アフィリエイター、一般消費者などの第三者に、SNSの投稿、ECサイトのレビュー投稿、アフィリエイトサイトへの表示、プラットフォーム上の口コミ投稿などを行わせる場合の表示が挙げられます。
この場合に、事業者が「表示内容の決定に関与した」といえるかは、次のように判断されるべき旨が示されました。
✓ 事業者が第三者に対して表示を行うよう依頼・指示した場合はこれに該当する。
✓ 事業者が第三者に対して表示を行うよう明示的に依頼・指示していない場合であっても、「事業者と第三者との間に事業者が当該第三者の表示内容を決定できる程度の関係性があり、当該第三者の表示について、事業者と第三者との間に第三者の自主的な意思による表示とは客観的に認められない関係性がある場合」には、事業者が「表示内容の決定に関与した」といえる。
✓ 上記下線部分の判断には、
・ 「対価」の有無・内容(金銭又は物品に限らず、イベント招待などのきょう応などの対
価性を有する経済上の利益が含まれる)
・ 事業者と第三者との間の具体的なやりとり(メール、口頭、送付状などの内容)
・ 事業者における当該商品・サービスの主な提供理由(宣伝する目的であるかどうか)
・ 提供する商品・サービスの内容、事業者と第三者の関係性の状況(過去に対価を提供し
た関係性がどの程度続いていたのか、今後、対価を提供する関係性がどの程度続くのかな
ど)
- 事業者が第三者をして行わせる表示(≒「利益提供秘匿型」)
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などを総合的に考慮する。
以上の判断方法を踏まえ、「表示内容の決定に関与した」とされやすい場合、されにくい場合について、概ね次のように例示されています。
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- ②判別困難な表示要件の判断についての考え方の方向性(報告書42ないし44ページ)
表示内容全体から判断して一般消費者にとって事業者の表示であることが明瞭となっている場合には、「一般消費者が当該表示であることを判別することが困難である」とはいえない(②判別困難な表示要件を満たさない)とされました。
一般消費者にとって事業者の表示であることが明瞭となっているかどうかは、
✓ 事業者の表示であることを示す表示の文言の有無・内容
✓ 表示の分量・設置位置・文字の大きさ・濃さ、他の情報との峻別の可否
✓ 媒体が動画の場合には表示時間の長さ
✓ 表示の態様により事業者の表示であることが社会通念上明らかといえるか
といった要素によって判断される旨が示されました。これにより、事業者の表示であることが記載されていない、又は記載はあっても不明瞭な方法でしか記載されていないと判断されるときには、②判別困難な表示要件を満たします。
以上の判断方法を踏まえ、事業者の表示であることが明瞭となっているとされやすいものとされにくいものについて、概ね次のように例示されています。
- ②判別困難な表示要件の判断についての考え方の方向性(報告書42ないし44ページ)
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6 執行の確保に関する提言(報告書45ないし49ページ)
ステマについては、そもそも、表示の外形からは、その表示が広告主である事業者の広告である疑いがあるかどうかを判断できないため、執行当局が表示から調査の端緒を得ることが難しいという問題があります。そのため、報告書でも、規制の実効性を高めるため、消費者庁は、自ら調査権限を十分に活用するほか、インフルエンサーへの定期的なモニタリング、通報窓口の設置などを通じて情報を収集するなどにより、ステマへの法執行を行う必要があることなどが提言されました。
7 最後に
報告書で示された指定告示案のうちでも特に①事業者表示の実際要件については、いかなる事情があれば第三者の自主的な意思によるといえるのかなど、報告書で一応示された運用基準の方向性によっても依然として、実務において多種多様に存在する具体的な広告手法につき、広告主がこの要件を満たすかどうかを実際に検討して採否を決定する場面では、判断に迷うことが想定されます。
規制に対する事業者の予測可能性を担保するためには、今後の消費者庁による運用基準案の策定作業の中で考え方や事例検討がさらに精緻化され、執行の指針がより具体化・明確化されることが期待されますが、広告主である企業においても、まずは、報告書の概要を把握の上、今後行われる指定告示案策定や公聴会などの手続、指定告示案や運用基準案について実施が予想される意見募集手続などの進捗を見守りつつ、現行法令の下で行っている広告手法の洗出しやこれがステマ規制の対象となるか否かの検討に早期に着手しておくことで、近日中に制定が見込まれるステマ規制ルールにも適時適切に対応できると考えられます。
以 上
[1] 意見書では、商品又は役務を推奨する表示であって①事業者が自ら表示しているにもかかわらず第三者が表示しているかのように誤認させるもの(「なりすまし型」)、又は②事業者が第三者をして表示を行わせるに当たり、金銭の支払その他の経済的利益を提供しているにもかかわらず、その事実を表示しないもの(表示の内容又は態様からみて金銭の支払その他の経済的利益が提供されていることが明らかな場合を除く)(「利益提供秘匿型」)を景表法に基づいて規制すべきとした。
[2] 中川丈久神戸大学大学院法学研究科教授を座長として11名の委員で構成。各委員の氏名と所属は委員名簿に記載。
[3] 検討会では、第1回の開催当初から、令和4年度中に一定の結論を得る旨が掲げられていた。令和4年11月29日開催の第7回検討会で公表された報告書案は、その後、意見募集手続(同年12月2日から同月15日まで) を経て、同月28日には、その結果の公示がなされた。
[4] 諸外国におけるステマ規制については、報告書の17ないし19ページ、及び第5回検討会資料であるカライスコス委員提出の「諸外国におけるステルス・マーケティングの規制」に説明がある。
[5](不当な表示の禁止)
第5条 事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない。
①(省略 ※優良誤認表示を規定)
②(省略 ※有利誤認表示を規定)
③ 前2号に掲げるもののほか、商品又は役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であって、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認めて内閣総理大臣が指定するもの
[6] 現在、おとり広告に関するものを含む6つの指定告示が存在する。
[7] (景品類の制限及び禁止並びに不当な表示の禁止に係る指定に関する公聴会等及び告示)
第6条 内閣総理大臣は、…前条第3号の規定による指定をし…ようとするときは、内閣府令で定めるところにより、公聴会を開き、関係事業者及び一般の意見を求めるとともに、消費者委員会の意見を聴かなければならない。
2 前項に規定する…指定…は、告示によって行うものとする。
[8] 東京高裁平成20 年5月23 日㈱ベイクルーズによる審決取消請求事件の判示に基づくもの。