2023.05.15
シリーズ“法学と経営学の交錯”
企業価値向上に貢献するガバナンスの在り方
~「対話型ガバナンス」のすすめ~
(その4)
のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉 田 桂 公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)
※ 「その3」では、取締役会における「審議の質」に関する課題と、「対話」の意義について解説しましたが、「その4」では、取締役会における「対話」不足の実態と、「パーパス」の重要性について考察します。
3 取締役会における「審議の質」の課題と「対話」の意義・効果
(3)取締役会における「対話」不足の実態
「その3」で記載したとおり、取締役会における「議論」(審議、意思決定)の質を高めるには、その土台として、「対話」を行うことが重要です。
しかし、社外取締役ガイドライン・「参考資料2 社外取締役に関するアンケート調査結果」[1]によると、取締役会における一議題あたりの所要時間はわずか平均19分で、一つの議題に30分を超える時間をかけている企業は10%にすぎず、取締役会において質疑応答・議論に割かれる時間は4割程度しかありません。このように、現状、取締役会の中心は「伝達」になっており、「対話」は十分に行われていないのが実態です。
「その3」で述べたとおり、経営上の重要事項に関する取締役会の「審議の質」に課題を有している企業が少なくありませんが、取締役会の「対話」不足が、その一因になっていると考えられます。
(4)「対話」における「共同創造」で目指すもの―「パーパス」
ア 「パーパス」とは何か
「パーパス」とは、「(自ら選択した)社会における存在意義。組織が信じる不動の理念」をいいます(「組織の北極星」ともいいます。)[2] [3]。
(「その3」で述べたとおり、「対話」の参加者は、「共同思考」により「共同創造」を行い、これが「意思決定の質」を高めるところ)取締役会メンバー間の「対話」は、企業価値の向上に資するべく行うものであり、そこでの「共同創造」で究極的に目指すものは、当該企業における「パーパス」であるといえます。すなわち、取締役会における「対話」とは、「パーパス」を目指して、取締役会メンバーが「共に思考」し、「共に創造」することであるといえます[4](図2参照)。
<図2:「伝達」、「議論」、「対話」、「パーパス」の関係>
イ 「パーパス」を目指すことの効果
社内取締役にはそれぞれ所掌分野があり、当該分野で業績を上げることが自らの評価につながるため、ともすれば、取締役会において、当該企業全体の利益(全体最適の視点)よりも、自らの所掌部門の利益(部分最適の視点)を優先した発言や判断を行う可能性があります。
社外取締役ガイドライン・「参考資料1 社外取締役の声」(2020年7月)[5]でも、以下のような意見が出ています[6]。
「会社全体の観点から考えるように、社内取締役のマインドセットを変化させることが必要だと思う。特に営業の担当は、自分の担当部門だけではなく、もっと包括的に会社のことを考えるようにしなければならないと思うが、あまり慣れていないようだ」(同p.11)
「社外取締役就任当初は、執行役員を兼務している取締役から、自らが所管する事業の利益代表のような発言が多く、会社全体を見据えた事業横断的な議論は欠如していた。その後、何度も繰り返し指摘し、改善を求めた結果、各社内取締役においても、執行ではなく『取締役』としての立場を意識し始め、全体として活発な議論を後押しする雰囲気が作られて来た。ただし、まだまだ社内取締役からの発言は少ない」(同p.11)
このような自部門優先の姿勢(部分最適の視点)では、話合いの軸やベクトルがずれてしまい、「対話」は活性化せず、企業価値の向上にはつながらないと考えられます。
部分最適に陥らず、全体最適を意識するためにも、取締役会メンバーは、「パーパス」を意識する必要があると考えます。この点、田村次朗他著『リーダーシップを鍛える「対話学」のすゝめ』(東京書籍、2021年2月)p.141は、「会議参加者間でミッションの共有、すなわち、自社の理念や信条に照らして会議の目的を明確にしておく必要がある」と述べていますが、取締役会メンバーは、「いったい我々は何を目指して、この案件について話し合っているのか」という「本質」や「目的」、そして「パーパス」を常に意識して(常にそれらに立ち返り)、それらを踏まえた「対話」を心掛けることが重要であるといえます。
なお、ケネス・J・ガーゲン著『あなたへの社会構成主義』(ナカニシヤ出版、2004年11月)p.241は、「共同の現実へ向かうための最もシンプルな方法は、共通の『大義(cause)』を見出すことです。敵対関係にあう人々同士であっても、双方が支持する『大義』に向かって努力するために、自分たちの違いをいったん留保 することがあります」と述べていますが、「大義」である「パーパス」を目指した「対話」においては、自らの考えや意見をいったん「留保」して、他者の考えや意見を「理解」しやすくなると考えられます。[7]
(「その5」に続く)
[1] https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200731004/20200731004-3.pdf
[2] 斉藤徹『だから僕たちは、組織を変えていける』(クロスメディア・パブリッシング、2021年12月)p.158。
[3] 名和高司著『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社、2021年5月)p.42-43では、「パーパス」を「志」と訳し、「パーパスとは『Me』でも『You』でも『They』でもなく『We』でなければならない。自らの思いと社会の思いが同心円を描くことが鍵となるのだ。〔中略〕それが誰でも考えつくような『あるべき姿』にならないためには、その企業の本源的な思いに根差していなければならない。〔中略〕パーパスは社外にとってはその会社らしさが強く伝わり、社内にとっては外と未来に向けて熱い思いを束ねていくパワーの源泉にならなければならない」と説いています。
[4] なお、取締役会で、「パーパス」の策定・見直し自体について、「対話」を行うことが必要となる場合もあると思いますが、策定・見直しを行った後は、「対話」において、その策定・見直し後の「パーパス」を目指した「共同思考」・「共同創造」を行うことになります。
[5] https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200731004/20200731004-2.pdf
[6] 冨山和彦他著『決定版 これがガバナンス経営だ!ストーリーで学ぶ企業統治のリアル』(東洋経済新報社、2015年12月)p.149も、「執行兼務の取締役は、会社全体の取締役として、全ステークホルダーの代表として企業価値の向上に取り組むのではなく、もっぱら執行サイドの部門代表として行動せざるをえない圧力が働くのだ」と評しています。
[7] 田中一弘著『「良心」から企業統治を考える』(東洋経済新報社、2014年8月)p.186は、「自分は何のために、誰のために経営しているのかということを、経営理念に常に立ち返りながら省みる習慣を持つ経営者は、そうでない経営者よりも、偏狭な良心に陥る危険は少ないであろう」と指摘していますが、「パーパス」や「経営理念」を常に意識することは、経営規律の観点からも重要であると考えます。