2023.05.30

シリーズ“法学と経営学の交錯” 
企業価値向上に貢献するガバナンスの在り方
~「対話型ガバナンス」のすすめ~
(その6)

のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉 田 桂 公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)

※ 「その5」では、「対話」における「傾聴」の重要性、多様性の重要性について解説しましたが、「その6」では、「対話」における「心理的安全性」の重要性等について考察します。

 
3 取締役会における「審議の質」の課題と「対話」の意義・効果

(6)「対話」における「心理的安全性」の重要性

 ア 「心理的安全性」とは何か

 「心理的安全性」とは、「対人関係のリスクを取っても安全だと信じられる職場環境であること」、「多様な意見や価値観が存在するとき」に「意見の違いや衝突が起きても思い切って考えを共有できる雰囲気」のことをいいます[1]
 「組織内の会議で行う意思決定で『対話力』を活かしたグループダイナミクスが働く」条件として、「自由に意見が言えること」、「職制上の階級などを持ち込まないこと」、「意見が変わることを認め合うこと」、「対立を恐れないこと」が挙げられますが[2]、これらは「心理的安全性」に関するものといえます。

 イ 取締役会メンバー間の上下関係・序列関係の意識排除の重要性

 社外取締役ガイドライン・「参考資料1 社外取締役の声」(20207月)[3](以下「経産省「社外取締役の声」」といいます。)で、「社外取締役が『監督してやるぞ』という態度を示すと、執行側とのコミュニケーションは絶対に上手くいかない。社外取締役も、会社の健全な発展のために貢献するために、執行側と共同して経営を担っているというスタンスを取るべきだ」(同p.15)との意見が出ているように、社外取締役の態度によっては、執行側との間に事実上の(監督をする側と監督をされる側という)上下関係が生じることがあります[4]
 また、社内の取締役会メンバーの間では、代表取締役(CEO)を頂点とする序列関係があることが多いと思われます。経産省「社外取締役の声」でも、「社長の権限というのは非常に強く、やはり社内の人だけだと、社長に対して何かおかしいんじゃないかとか、何か不適切なことをやっていた場合に、それを牽制することは難しいと思う」(同p.12)、「社内取締役は、取締役会で反対なんて言ったら自分がクビになってしまうため、彼らは何も言えない」(同p.12)との意見が出ています。
 このような上下関係や序列関係の意識があると、取締役会における「心理的安全性」は阻害されるおそれがあります。取締役会メンバー間はあくまで「水平・協調関係」であるという意識を全取締役会メンバーが持つ必要があります。

 ウ 「心理的安全性」がもたらすメリット

   職場での心理的安全によって、以下のメリットがもたらされることが明らかとなっています[5]

・ 率直に話すことが奨励される(心理的安全があれば、きまりの悪い思いをすることになる可能性を持つ態度や行動について、ほかの人がどう反応するかという懸念が軽減される)
・ 考えが明晰になる(不安が原因で脳が活性化されると、探求したり計画したり分析したりする神経の処理能力が弱まってしまう)
・ 意義ある対立が後押しされる(心理的安全があると、自己表現や生産的な話し合いが可能になり、対立を思慮深く処理できるようにもなる)
・ 失敗が緩和される(心理的に安全な環境のおかげで、ミスについて報告して話し合うことがたやすくなり、結果としてそれが日常茶飯になる)
・ イノベーションが促される(率直に話す不安が取り除かれると、革新的な製品やサービスの開発に不可欠な、斬新なアイデアや可能性を提案できるようになる)
・ 成功という目標を追求する上での障害が取り除かれる(心理的安全があれば、保身ではなくやる気を刺激される目標の達成に集中できるようになる)
・ 責任が向上する(心理的安全は、自由気ままな雰囲気を後押しするのではなく、対人リスクを冒す――高い基準を追求したり挑戦しがいのある目標を達成したりするのに欠かせない――人々を支援する雰囲気を生み出す)

(7)「意義ある対立」の重要性

 ア 社外取締役の存在意義としての「意義ある対立」

 上記のとおり、「心理的安全性」がもたらすメリットとして、「意義ある対立が後押しされる」とありますが、「多様性」があると、各人の意見の衝突が生じ、対立が増えることが想定されます。特に、社外取締役は、あえて「空気を読まない」・「予定調和を乱す」[6]ような意見や、社外性があるからこそ気づく視点での意見等を述べることが期待されている面があり、「意義ある対立」を生んでこそ、その存在意義があり、その役割を果たすことができるともいえます。
 経産省「社外取締役の声」でも、以下のような意見が出ています。

 社内の人達は、いつも同じようにやってきて常識だと思っているため、これはおかしいとか、ダメだとか思っていない。また、変だと思っている場合でも、なかなか発言ができない。そのため、社外取締役が違う常識を持ち込むこと、空気を読まないことが大事だ。(同p.8

 社外取締役の最も重要な役割は、中立的、客観的に、社内の理屈にとらわれない外部からの見方を提供すること、グループシンク(集団思考)に陥らないことを担保することだと考えている。特に日本の会社は、一つの会社にずっと在籍していた方が経営陣のほとんどを占めており、その業界や会社のカルチャー、考え方に染まってしまい、それに気づかないことが多いので、そういう意味で、違う見方を提供することに付加価値があると思っている。(同p.8

 執行側の意を忖度することや、執行側の人達のその場の雰囲気を微妙に配慮して空気を読むということは、絶対にやってはいけない。それをしてしまうと社外取締役として存在する意味がない。(同p.14

 イ 「意義ある対立」が「共同創造」につながること

 「その3」でも記載したとおり、他者の考えや意見に「同意」できなくても、それを「理解する」中で、新しい角度からの見方や新たな考えに至り、「共同創造」につながります[7]
 取締役会メンバーは、意見の衝突や不一致は歓迎するという姿勢で、「対話」に臨むことが重要です。

 

(「その7」に続く)


[1] エイミー・C・エドモンドソン著『恐れのない組織 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』(英治出版、20212月)p.30、277

[2] 田村次朗他著『リーダーシップを鍛える「対話学」のすゝめ』(東京書籍、20212月)p.138-139

[3] https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200731004/20200731004-2.pdf

[4] 松田千恵子著『サステナブル経営とコーポレートガバナンスの進化』(日経BP202112月)p.91は、「変な誤解のもとに、監督側から執行側に向けて『ご下問』があり、執行側の代表として経営トップがうやうやしく『色々とご指導を承りました』などと言っている取締役会で、まともな議論ができるとは思えません。『監督』と『執行』に本来上下はありません。対立構造でもありません。『変な誤解』に基づいた『変な取締役会』運営はやめましょう」と指摘しています。

[5] エイミー・C・エドモンドソン著『チームが機能するとはどういうことか 「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』(英治出版、20145月)p.163-164

[6] なお、冨山和彦他著『決定版 これがガバナンス経営だ!ストーリーで学ぶ企業統治のリアル』(東洋経済新報社、201512月)p.200は、「時おり予定調和が乱れることこそが、ガバナンスが効いている状況である」とし、「決定事項について何の異議も意見も出ないしゃんしゃん取締役会」はガバナンス上の意味はない、と述べています。

[7] 中原淳他著『ダイアローグ 対話する組織』(ダイヤモンド社、20092月)p.112は、「注意したいのは、『対話』によって理解を深めるには、考え方や価値観の不一致を隠すことなく、お互いに自分の思っていることを、『私』の立ち位置から表出することが不可欠ということです。〔中略〕実際の『対話』には、意見の不一致、コンフリクトが付き物です。お互いの違いがわかることで相互理解が深化し、けっしてひとりでは達成できない理解に到達するのです」と述べています。
 また、野中郁次郎他著『知識創造企業』(東洋経済新報社、19963月)p.17は、「対話では、意見の衝突や不一致がかなりあってもよい。なぜなら、そのような意見の衝突こそが、それまで当然視されてきた前提に疑問を抱き、体験を新しい角度から理解するきっかけとなるからである」と指摘しています。

一覧に戻る