2023.06.13

シリーズ“法学と経営学の交錯” 
企業価値向上に貢献するガバナンスの在り方
~「対話型ガバナンス」のすすめ~
(その8)

のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉 田 桂 公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)

※ 「その8」では、「その7」に続き、「対話型ガバナンス」の具体的な取組み等について解説します。

4 「対話型ガバナンス」とその具体的な取組み

(2)「対話型ガバナンス」の具体的取組み

 イ 「対話型ガバナンス」を機能させるための「場」の設定

 (ウ)取締役会外での「場」の設定

a はじめに 

  取締役会の開催頻度は、通常は1か月に1回程度であり、しかも、社外取締役は、他の 取締役会メンバーと日常的に顔を合わせるような関係にはありません。こうした中で、取締役会メンバー間の関係性の構築、そして、取締役会における「対話」の充実を図るには、取締役会以外の「場」を設定することが有用です。ランドールS.ピーターソン他著「あなたの会社は本当にインクルーシブか、それとも表面的に多様なだけか」[1]も、「取締役会のメンバーは会議以外の場でも時間を共有すべきだ。そうすることで信頼関係を構築し、長く続く個人的な人間関係を築き、他の取締役の視点がもたらす価値を理解できるようになる」と指摘しています。

b 取締役会外での「場」の設定の例示 

取締役会外での「場」の設定の取組みとして、例えば、以下が考えられます。
① 社外取締役のみでの「場」の設定
② インフォーマルな「場」の設定
③ 役員合宿

c 上記①について 

  社外取締役同士は、就任前までは、それぞれ一度も顔を合わせたことがないということも多いと思われることから、社外取締役のみでの「対話」の「場」を設けることは、問題意識の共有を図ることができたり、互いに人となりがわかるなど信頼関係が生まれるといった点で、取締役会における「対話」を促進することが期待でき、有益です。以下のとおり、アンケート調査結果等でも、社外取締役のみの会合等を開催している事例があります。
・ 経済産業省編著『社外取締役の実像―15人の思想と実践』(きんざい、20216月)p.273の中で、小林いずみ氏(三井物産株式会社社外取締役等)は、「社外取締役だけで自由に話せるような会議も有益だと思います」、「アジェンダなしで社外の取締役、監査役だけが集まって自由に自分が感じていることを議論できる場があったほうがいいと考えています」、「何か重大なこと、社長の進退にかかわることが起きたときには、社外取締役が積極的に動いて問題を解決していかなくてはならないので、日頃から問題意識を共有し、連携することができるようにしておく必要があります」と述べています。

・ 社外取締役ガイドライン・「参考資料1 社外取締役の声」(20207月)(以下「経産省「社外取締役の声」」といいます。)[2]では、「独立役員は様々なバックグラウンドから来ており、元々みんなが知り合いというわけでもない。しかし、会社が危機に直面するなど、いざという時には連携して行動しなければならないので、独立役員だけでフリーにディスカッションをする機会を設け、お互いの考え方を知っておくことが必要。独立役員だけの場は、今の会社の状況や社長のパフォーマンス、取締役会の運営の仕方など、色々なことについて適切かどうかを話し合う場になりうる。それまで知らない人達であっても、社内の人もいない数人という少人数の場であれば意見交換がしやすく、何度も行うことでお互いの人となりも分かり、信頼関係が生まれてきて一緒に何かを起こすということに繋がるのではないかと思う」(同p.4647)との意見が出ています。

d 上記②について

  経産省「社外取締役の声」では、「取締役会だけでは接触する時間が足りないので、カジュアルな場で経営陣との信頼関係を作ることを重視している。ある企業では、2か月に一度、オフィスで飲み物と一緒に役員とカジュアルに話ができる機会がある。他のある企業では、年に34回、役員全員と社外取締役とでディナーをしている。現場視察や色々なイベントの際に、そのような機会を作っていただければ非常に有難い」(同p.1516)との意見が出ています。
 インフォーマルな「場」を設けることは、互いに人となりがわかるなど信頼関係が生まれたり、中長期の経営戦略等の会社経営における本質的な事項等について、ざっくばらんに認識を共有できるといった点で、取締役会における「対話」を促進することが期待でき、有益です。

e 上記③について 

  前掲『社外取締役の実像―15人の思想と実践p.269の中で、小林いずみ氏は、「三井物産では取締役会メンバーが戦略的な話をするために、年に一回合宿をすることになりました。合宿で議論、共有したことが、その後の取締役会での中期計画、予算、採用、役員指名、投資案件などの議案の処理に反映されています」と述べています。さらに、経産省「社外取締役の声」では、「戦略的な議論を行うために合宿を行った方が良いと提案し、年に一度合宿を行うようになった。合宿では、中長期的な会社の方針や会社の本質的な文化についてなど、広いアジェンダで喧々諤々の議論を行っており、その結果、会社の将来像や、現在会社が置かれている状況、会社の強み・弱みといった根っこのところを取締役会メンバーで共有できた」(同p.49)との事例が挙げられています。
 役員合宿で、中長期の経営戦略や事業ポートフォリオの見直しに関わる事項等の会社経営における本質的な事項等について、腰を据えてじっくりと「対話」を行うことで、さまざまな問題意識を共有でき、取締役会における「対話」の充実につながります。また、互いに人となりがわかるなど信頼関係が生まれ、「パーパス」を目指すという共通認識を深められる点[3]でも、取締役会における「対話」を促進することが期待でき、有益です。

f 「情動的コミュニケーション」等の働き

  以上のように、取締役会外でも共に同じ空間・時間を過ごすことで、非言語の「情動的コミュニケーション」[4]や「間身体性」(言葉になる手前で皆が身体で感じていること)の働きが強まり、「共感」(共通感覚)が生まれやすくなります[5]。これは、取締役会における、「パーパス」を目指した、「審議の質」・「意思決定の質」の向上に寄与すると考えられます。

 (エ)兼任数の制限の必要性

  社外取締役の兼任が多いと、上記のような「場」の共有や充実した時間の確保は困難となると思われます。したがって、「対話型ガバナンス」を機能させるためには、兼任数は一定に制限すべきといえます。
 この点、コーポレートガバナンス・コード「補充原則411②」は、「社外取締役・社外監査役をはじめ、取締役・監査役は、その役割・責務を適切に果たすために必要となる時間・労力を取締役・監査役の業務に振り向けるべきである。こうした観点から、例えば、取締役・監査役が他の上場会社の役員を兼任する場合には、その数は合理的な範囲にとどめるべきであり、上場会社は、その兼任状況を毎年開示すべきである」としており、冨山和彦他著『決定版 これがガバナンス経営だ!ストーリーで学ぶ企業統治のリアル』(東洋経済新報社、201512月)p.181は、「筆者の経験則からすると、この兼任は、現役経営者なら23社、セミリタイアしている人でも45社が限界である」と述べています。

(「その9」に続く)


[1] https://dhbr.diamond.jp/articles/-/8939

[2] https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200731004/20200731004-2.pdf

[3] 野中郁次郎他著『知識創造企業』(東洋経済新報社、19963月)p.9293は、ホンダの「タマ出し会」と呼ばれるブレイン・ストーミング合宿(開発プロジェクトにおける難問を解決するための徹底した議論の場)の例を紹介し、「このような合宿は、創造的な対話の場だけでなく、体験共有や参加者間に相互信頼を築く媒体でもある。それは、とくに暗黙知を共有し、新しいパースペクティブを創り出すのに有効である。参加者全員のメンタル・モデルを同じ方向に向けるのである」と述べていますが、役員合宿も、取締役会メンバー間の相互信頼を醸成し、また、「メンタル・モデル」を「パーパス」という同じ方向に向けるものとして有効です。

[4]その3」脚注3参照。

[5] 露木恵美子編著『共に働くことの意味を問い直す―職場の現象学入門―』(白桃書房、20226月)p.74、154参照。

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