2023.07.11
~近時の最高裁判決からみるパワハラに基づく懲戒処分を行う際の留意点~
のぞみ総合法律事務所
弁護士 川 畑 大
1.総論
(1)はじめに
令和4年4月1日以降、令和元年5月改正後の労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下「労働施策総合推進法」といいます。いわゆる「パワハラ防止法」を指します。)が中小事業主にも適用されることとなり、パワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。)を防止するために必要な雇用管理上の措置を講じる義務が中小事業主にも課されるようになりました。
これとともに、パワハラを行った従業員に対して懲戒処分を行う機会も増えているように思われますが、パワハラに基づく懲戒処分を行う場合には、懲戒処分の内容が非違行為の内容に比して過度なものであってはありません。そのため、パワハラに基づく懲戒処分をする際、人事担当者の方々は、懲戒処分の量定の判断に悩むことが多くなっていると思います。
パワハラに対する社会的な関心が高まる中、パワハラの懲戒処分の相当性を考えるに当たり参考にするべき最高裁判決(最判令和4年6月14日判決判タ1504号24頁及び最判令和4年9月13日判タ1504号13頁)が立て続けに下されました。そこで、以下においては、当該最高裁判決の検討を中心に、パワハラに基づく懲戒処分を行う際に注意するべき点を解説します。
(2)労働施策総合推進法上のパワハラの定義
まず、前提として、労働施策総合推進法上のパワハラの定義を確認しましょう。
労働施策総合推進法に基づき定められた「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)によれば、職場におけるパワーハラスメントとは、以下の通りに定義されており、①から③までの要素を全て満たすものをいうとされています。
① 職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ 労働者の就業環境が害されるもの
人事担当者の方々がパワハラに基づき懲戒処分を行う際、対象者の行為がパワハラに該当するか否かを検討することが多いものと考えられるため、パワハラに該当するか否かが問題となる都度、上記指針を確認することをお勧めいたします。
また、同指針においては、パワハラに該当する典型的な類型として、(ア)身体的な攻撃、(イ)精神的な攻撃、(ウ)人間関係からの切り離し、(エ)過大な要求、(オ)過少な要求、(カ)個の侵害の6種類が挙げられており、対象者の行為がパワハラに該当するかを検討するに際して参考になります。
(3)懲戒処分の要件
また、パワハラの場合に限らず、懲戒処分を行う場合には、①処分の対象となる行為が懲戒事由として就業規則に定められているか、②処分の対象となる行為が就業規則上の懲戒事由に該当するか、③懲戒処分の内容が対象者の当該行為に対して重すぎないか、④過去の社内における懲戒処分事例と均衡が保たれているか、⑤対象者に対して懲戒処分を行った場合、二重処分(同じ行為について繰り返し懲戒処分を行うこと)に該当しないか、⑥懲戒処分の対象者に対して弁明の機会を付与したかなどを考慮する必要があります。
これらの要件のうち、特に③の要件を検討するに際しては、最高裁判決や裁判例などを踏まえて慎重に検討する必要がありますが、近時、この点に関し、注目すべき2つの最高裁判決が下されました。
2.最高裁令和4年6月14日判決
(1)事例の概要
消防職員Aは、上司に対して、「お前みたいなやつ、早く消防長辞めてしまえ。」と怒鳴ったり、部下に対して「何や、お前その手は、反抗的やの。」などと威圧的に述べて平手で頬を殴打したとして、停職2か月の懲戒処分(第1処分)をされたところ、当該懲戒処分に対する不服である旨申立てました。Aは、停職期間中、当該不服手続を通じて処分を軽くするために、第1行為の被害者ではあるもののAに協力的と思われていたCに対して不服手続において協力を求めるために面会を求めたり、当初協力的であったDに対してDの弱みを指摘してAに協力するよう働きかけを行うなどしました。Aは停職期間中の前記行為を理由に、二度目の懲戒処分として停職6か月の処分(第2処分)を受けたので、その取り消しを求めました。
高等裁判所は、第2処分は違法であると判断して取消を認めましたが、最高裁判所は、高等裁判所とは異なり、第2処分は適法であると判断しました。
(2)高等裁判所の判断
原審である名古屋高等裁判所金沢支部は、第2処分の対象となったAの非違行為が悪質であると判断する一方で、AがCに面会を求めた行為は、「第1処分の不服申立手続のためのものであって」、不服申立手続との関係では自らの防御につながる行為である点で、「第1処分の非違行為である暴行等とは異なる面がある」こと、不服申立手続中にAが働きかけを行ったことのみを理由に、Aが職場復帰した際にパワーハラスメント等の同種の行為を行ったり、本件の調査で不利な証言をした者に対して報復を行う可能性が極めて高いとは言えず、このことを懲戒処分において重視することは相当でないことなどを指摘して、停職6か月の懲戒処分が重すぎるもので違法であり、第2処分は取消しを免れないと判断しました。
高等裁判所は、第1処分の対象となった非違行為が日常的な勤務の中で行われた行為であったことに対して、第2処分の対象となった非違行為は不服申立手続に向けて行われた行為であったことに着目して、上記のような判断を行ったと考えられます。
(3)最高裁判所の判断
高等裁判所の判断に対して、最高裁判所は、AのC及びDに対する「各働き掛けは、いずれも、懲戒の制度の適正な運用を妨げ、審査請求手続の公正を害する行為というほかなく、」非難の程度が相当に高いこと、「各働き掛けは、上司及び部下に対する暴行等を背景としたものとして、第1処分の対象となった非違行為と同質性があるということができる」こと、各働き掛けが第1処分の停職期間中にされたものであり、Aが上記非違行為について何ら反省していないことがうかがわれることにも照らせば、Aが業務に復帰した後に、上記非違行為と同種の行為が反復される危険性があると評価することも不合理であるとはいえないことを指摘して、第2処分が相当であると判断しました。
最高裁判所は、第2処分の対象となった行為が不服申立手続のなかで行われた行為であるものの、第1処分の対象を背景として行われたものであることや、懲戒制度の適正な運用や不服申立手続の公正さを維持する必要があることに着目したと考えられます。
3.最高裁令和4年9月13日判決
(1)事案の概要
消防官吏Bは、平成20年4月から約10年近く、消防庁職員約70人のうち、部下等の立場にあった約30人に対し、約80件ものパワハラ行為を行いました。Bが行ったパワハラ行為の主な内容は、①訓練中に蹴ったり叩いたりする、羽交い絞めにして太ももを強く膝で蹴る、顔面を手拳で10回程度殴打する、約2㎏の重りを放り投げて頭で受け止めさせるなどの暴行、②「殺すぞ」、「お前が辞めたほうが市民のためや」、「クズが遺伝子を残すな」、「殴り殺してやる」などの暴言、③トレーニング中に陰部を見せるよう申し向けるなどの卑わいな言動、④携帯電話に保存されていたプライバシーに関わる情報を強いて閲覧した上で「お前の弱みを握った」と発言したり、プライバシーに関わる事項を無理に聞き出したりする行為、⑤Bを恐れる趣旨の発言等をした者らに対し、土下座を強要したり、Bの行為を上司等に報告する者がいた場合を念頭に「そいつの人生を潰してやる」と発言したり、「同じ班になったら覚えちょけよ」などと発言したりする報復の示唆などでした。このようなBの行為の対象となった消防職員の中には、Bからの報復を懸念する者や、Bの小隊に属することを拒否する者が相当数いました。
消防長は、上記パワハラ行為について、Bに対して懲戒免職処分を行いました。
高等裁判所はBに対する懲戒免職処分は重すぎるため違法であると判断したのに対し、最高裁判所は適法であると判断しました。
(2)高等裁判所の判断
原審である広島高等裁判所は、Bに改善の余地があることを前提に、Bに対するパワハラに関する教育指導を行っていないこと、組織として研修をしないなどパワハラ防止体制が不十分であることを理由に、Bに対する懲戒免職が重すぎると判断しました。
(3)最高裁判所の判断
高等裁判所の判断に対して、最高裁判所は、Bのパワハラ行為の「頻度等も考慮すると、上記性格を簡単に矯正することはできず、指導の機会を設けるなどしても改善の余地がないとみることにも不合理な点は見当たらない」こと、Bのパワハラ行為により消防組織の職場環境が悪化するといった影響は、「公務の能率の維持の観点から看過し難いものであり、特に消防組織においては、職員間で緊密な意思疎通を図ることが、消防職員や住民の生命や身体の安全を確保するために重要であることにも鑑みれば、上記のような影響を重視することも合理的であるといえる」ことなどを指摘して、懲戒免職が相当であると判断しました。
このように最高裁判所は、懲戒処分の対象となる非違行為の内容から労働者に改善の余地がないことを認定した上で、組織運営に与える悪影響の大きさなどを重視して、懲戒免職処分が重すぎるものではない旨を認定しています。
4. 二つの最高裁判決を受けたパワハラに基づく懲戒処分の今後のあり方について
(1)二つの最高裁判決は、いずれも公務員の懲戒処分に関するものであり、懲戒処分の争い方などの点で民間企業における懲戒処分事例と異なる部分もありますが、民間企業における懲戒処分の量定の相当性の判断にも通じるものがあり、その判断過程や法的評価の方法は、民間企業が懲戒処分を行うに際しても大いに参考になります。
(2)例えば、最高裁令和4年6月14日判決の事例においては、高等裁判所が懲戒処分の不服申立手続における防御につながる行為であれば懲戒処分を重くする事情とはならないと判断したのに対し、最高裁判所は、懲戒処分の対象者が報復があることを示唆するなどして不当に不服申立手続を有利に進めようとしたという事情を、懲戒処分の量定を重くする事情として考慮することを認めています。民間企業においても、懲戒処分の対象者が審査手続や不服申立手続の公正さを害するような行為を行うことは多くみられるところであるため、上記最高裁判所の判断は、参考になるものと思われます。
また、同事例においては、懲戒処分の対象者が部下に対して懲戒処分手続の不服申し立てで有利な証言をするように迫った各働き掛けについて、高等裁判所は第1処分の対象となった非違行為とは異質なものであると判断したのに対し、最高裁判所は、各働き掛けが上司及び部下に対する暴行などを背景としたものとして、第1処分の対象となった非違行為と同質性があると評価しました。このような最高裁判所の判断は、問題となる個々の行為を単独で評価するものではなく、当該行為の動機やその行為に至るまでの経緯や背景などの事情も踏まえて懲戒処分の対象となる行為の量定を判断する必要があることを示唆しています。
このような最高裁判所の判断方法は取り立てて目新しいものではありませんが、企業の担当者の方々が実際に懲戒処分を行う際には、個々の行為ごとに懲戒処分の是非を判断した結果、懲戒処分の量定を軽くしてしまうことや、逆に重くしてしまうという事態も考えられます。懲戒処分の量定判断を誤らないよう、当該行為に至る経緯や背景も踏まえて、懲戒処分の対象となる行為の性質を評価する必要があります。
(3)また、最高裁令和4年9月13日判決も他の事例に参考となる事項を判示しています。高等裁判所は、上記のとおり、懲戒処分の対象者にパワハラの改善指導などの更生の機会を十分に与えていなかったこと、組織としてのパワハラ防止に向けた研修などが不十分であったことなどを理由に、懲戒免職を無効と判断しています。
これに対して、最高裁判所は、非違行為の回数などからBの性格などに改善の余地がないとの判断を示したことに加えて、消防組織において上司が部下に対して厳しく接する傾向などがあったとしても、企業秩序を乱す程度に変わりはないと判示しています。最高裁判所は、少なくとも、日常的に厳しく指導が行われていたという職場の風土が、パワハラに基づく懲戒処分の量定を重くすることを妨げる事情とはならないことを示唆したと考えられます。
このような最高裁判所の示唆は、消防現場のほか医療機関など、厳しい指導が業務上高度に必要とされる職場においても、そのような職場環境を理由にパワハラについて必ずしも重い懲戒処分を行ってはならないわけではないことを示唆するものともいえます。
5.最後に
以上のとおり、いずれの最高裁判決も、高等裁判所が重すぎると判断した懲戒処分を有効と判断しています。これらの最高裁判決の流れを受けて、今後の下級審における裁判例も、パワハラに対して厳しい姿勢を見せていくとも予想されますので、その動向を注視していくべきと考えます。
以上